「シロウ――貴方を、愛している」

 そう言って彼女は衛宮士郎の前から消えた。
 暫くの間、士郎はこの二週間の余韻に浸る。
 文字通り命賭けの死闘。
 その狭間に見えた彼女の弱さ。
 いつしか、どうしようもなく彼女に惹かれていた自分の気持ち。
 見せ付けられた自分自身の歪さ。
 その一つ一つが今となってはどうしようもなく懐かしい。

 士郎は深呼吸を一つすると、朝日に背を向ける。
 さあ、俺も未来に向かって歩き出そう。

 少年の心はこの日の空のように澄み渡っていた。


 ―――わずか数分の間のみ。


 まっさらになった山を見渡す士郎。

「うわ、何もなくなったな」

 そんなことを呟きながら、彼は倒れたままになっていたイリヤに歩み寄る。
(早い所遠坂に診てもらわなきゃな)
 先程見た感じでは別状なさそうだったが、なにせよ聖杯の器になっていたのだ。どんな反動がこの小さな体に襲い掛かっているか知れない。
 そんなことを考えながら士郎は自分の上着を脱ぎ、イリヤに掛けようと手を伸ばし―――

「嘘、だろ………」

 少女に触れた手はあり得ない情報を伝える。
 冷たい。とても、冷たかった。
 元より白磁のような少女の肌は青白くなっており、生気の欠片も感じさせない。
 そして、息もしていなければ鼓動すらなかった。

「なんでだよ…」

 混乱する士郎。
 言峰を倒した直後はこんなことはなかった。静かに眠っているようにしか見えなかった。なのに。何が事態を悪化させたのか。
(まさか、聖杯を破壊したからなのか?)

 聖杯に繋がっていたイリヤ。もし、彼女と聖杯を繋ぐものがイリヤの命に関わるようなものだったなら、聖杯を破壊した衝撃がイリヤにダメージを与えるかもしれない。
 拳を握り締め、歯を食いしばる士郎。

「助けなきゃ」

 助けなければならない。そう、思った。
 自分を兄と呼んだ少女を。
 実に楽しそうに自分に抱きついてきた少女を。
 この手で、助けなくてはならない。

「俺は、衛宮切嗣の息子なんだろ。正義の味方なんだろう」

 ならば、少女の命を救えなくてどうする!

 模索する。消えかけた灯火を守る方法を。
 その方法にはすぐに至る。
 自分も似た経験がある。
 十年前の火災で、自分も死の淵から助けられた。
 その方法を以ってすれば、あるいはイリヤの命を救える。

「鞘を、投影する」

 そう、あの時切嗣が士郎を助けた方法とは、士郎の体に聖剣の鞘を埋め込むこと。
 鞘の加護なら、イリヤの命を守れる。
 アーサー王の不死性を支えたのもその鞘だ。

「だけど、セイバーはもういない」

 そう、鞘の加護を発動させ得る因子であるアーサー王はこの世界にはもういない。
 セイバー無しの鞘ではイリヤを助けられない。
 なぜなら、鞘を構築する理念に含まれた不死性はあくまで“アーサー王の不死”。驚異的な治癒力もなにもかも、その副産物に過ぎない。

――ならば、どうするか。

 ただ鞘を投影するだけではイリヤを救えず、かといってそれ以外の方法はない。

――ならば、想像しろ。

 このままの鞘で救えぬというのなら、救えるものを幻想しろ。
 紡げ、その幻想を。

 ガチリ、と頭の中で撃鉄が下りる。
 投影魔術(トレース)ではいけない、模倣(トレース)では届かない、贋作(フェイク)では到底足りない!

――故に、

「投影、装填(トリガー・オン)」

 瞬間、魔力が風となって吹き荒れる。
 差し出した右腕は一瞬で焼け付く。筋肉は瓦解し、神経は燃え上がり、血液は蒸発する。
 本能がヤメロと叫ぶ。そんなことは不可能だ。お前がしようとしているのは神秘の再現。
 模倣し、複製するのならまだいい。
 だが、お前がしようとしていることは神の奇跡を再び起こすこと。
 そのような神秘、人間になど許されない。

(それがどうした!)

 この神秘は自分の半身。
 何年も共に過ごし、既に一つとなったもの。
 それを書き換えることに何の不可能がある。
第一、この鞘はセイバーのものだ。彼女がついている。
 無敵の騎士王がついている。
 だったら失敗する道理は微塵もない!
 キーン、と音がする。
 全ての感覚が冴え渡る。
 全ての魔力が右腕に集まり、それでも足りないと認識する。

 だから、集める。
 小源(オド)が足りないなら、大源(マナ)を集める。
 解析する。最もマナに満ちたモノを。
 発見する。ソレを。
 ソレは無限の魔力を持っていた。
 だがふさわしくない。あの黒い泥ではふさわしくない。

(地下に何かがある。でも、あれは聖杯の泥の親玉みたいなものだ。あれじゃダメだ。)

 故に清める。
 それが闇に染まっているのなら闇を祓う。
 何の呪文もなしにソレに回路を接続する。
 そこに魔力を通し
 闇の中心に聖剣の鞘を出現させる。叩き込む。それで闇は無くなった。
 当然だ。魔法すら跳ね除ける鞘がこの程度の闇に負ける訳が無い。

 今、衛宮士郎は大聖杯を浄化し、『この世全ての悪(アンリ・マユ)』すら消し<去り、無色に戻った魔力を以って奇跡を再現せんとす。

Interlude

「あう!」

 熟睡していた間桐桜の体が撥ねる。
 その体には赤黒い呪刻が浮かび上がっている。
 マキリの魔術を秘めた呪刻は白い光に侵食され、少しずつ砕け散っていく。
 さらに、

(馬鹿な!)

 それを察知した間桐臓硯は驚愕した。
 大聖杯が消えていく。
 溶けていく。それは臓硯の目論見が破れたことを意味する。
 不死を求めた老魔術師は、その目でさらなる事態を目にした。
 砕け散った呪刻の跡に別の刻印が出現していた。
 桜の体に、刻印虫により無理やり刻まれた刻印は浄化されごく一般的な魔術刻印に変化していた。
 それは彼女の魔術回路も同様。桜の神経に巣食った蟲は跡形もなく、残ったのはこれまた至極一般的な魔術回路。
 ここに、マキリの傀儡としての間桐桜は消滅し、代わりにマキリの正統な継承者として魔術刻印を受け継いだ魔術師、蟲と吸収を操るメイガスにして水と架空元素の属性を併せ持つマキリの魔女、間桐桜が生誕した。

 臓硯は、消えゆく意識の中でその誕生を祝福していた。
 己が野望が潰えたにも関わらず。
 五百年の辛苦が無に帰したのにも関わらず。
 もう、何故不死を追い求めたのかすら思い出せないのにも関わらず。
 何故自分がそう思うのか分からないにも関わらず。

 間桐臓硯は、新しい継承者の誕生を心から嬉しく思っていた。

Interlude out


 魔力は充分。
 すべきことは唯一つ。
 鞘を白い少女を救えるものに創りかえるために、幻想を書き換える。

―――創造の理念を上書きし、
基本となる骨子を設計し、
構成される材質を製造し、
制作に及ぶ技術を習得し、
成長に至る経験を予見し、
蓄積される年月を先取し、
あらゆる工程を凌駕



世界が割れる。
意識が暴風に晒される。
鋼の風に叩きつけられた意識は瞬時に塵芥と化し、体の感覚が消え去る。
それは世界からの修正。
ありえない奇蹟を実現されることに恐れをなした世界が衛宮士郎を消し去ろうとする。
だがそれは無意味。
この風の先に、我が手はとうに届いている。
そして風を一息で突きぬける。



しつくし――――、

ここに、幻想を結び神秘と成す――――!

「『全て遠き理想郷(アヴァロン)』!!」

 大地は、眩い星の光で染め上げられた。



五年後

 士郎は喫茶店で、目の前に座る少女の顔を眺めていた。
 少女は今高校一年生。
 士郎の母校である穂群原学園に通っている。

「……でね、ってちょっとシロウ?わたしの話聞いているの!?」

 わー、と怒る少女。相変わらずその顔に迫力は無いなー、などと無駄なことを考えながら士郎は五年前のことを思い返す。
 投影は無事成功した。それを知った凛は

「それってもう投影の範疇に収まる魔術じゃないわよ!ああ、ちょっとこっちに来なさい衛宮君。いっぺんあんたの頭解剖させないよ!!」

 があー、と暴れていたが。

 鞘の効果もあってイリヤは人並みに成長している。あの時士郎が願った創造理念は“イリヤの人並みの命”。
 そう、願ったのはあくまで人並みの命。
 不死でもなければ絶大な魔力でもなく、ただ人として授かって然るべき幸せを手に出来るだけの命。

 それで充分だ、と士郎は思う。

「やっぱり聞いてない!怒ったわよー!」

 少女のガンドで吹っ飛ばされながら士郎は誓いを新たにする。

 いつか、イリヤのことを安心して任せられる奴が現れるまで、兄である自分が守り抜こうと――――。



後書き
というわけで、プロローグでした。
イリ坊を助ける手段で一般的なのはやはり封印指定なあの人の手助けを借りることですが今回はあえてそれ以外の方法をとってみました。
次回から舞台は本格的に五年後に移ります。
どうかお楽しみに。
補足までに記しておくと、イリヤの体格は少しだけ身長が縮んだ美綴やキャスターあたりを想像して頂ければ間違いないかと。
士郎は大方の方が予想する通りの外見です。
つまりUBWラストの髪下ろしたアーチャー赤髪版。

誤字脱字、設定が明らかにおかしい点がございましたらゲストブックかメールでお願いします。

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