初めての、正義の味方の仕事はギャング退治だった。
 その、アメリカのとある少年ギャング達は、ぱっと見には単なる不良に毛が生えた程度の連中だった。
 でも、一人暮らしの老人を殺して財産を盗んだり、若い女性を複数で乱暴したりとその悪事には目を覆うものがあった。
 俺は被害者や遺族に頼まれて彼らを退治しにいった。殺すつもりなんか全くなかった。
 でも、当時の俺は今よりずっと弱くて、彼らは拳銃やマシンガンを幾つも持っていた。だから俺も本気で殺すつもりじゃないと殺されていた。
 俺は殺した。六人。一番年上の奴でも二十一歳。一番年下の少女は十四歳だった。
 斬って、刺して、撃って……。気がついたときには彼らの遺体は信じられないくらいにぐちゃぐちゃになっていた。
 吐いた。吐いて吐いて吐いて吐いた。吐く物が無くなっても吐いた。終いには血を吐いた。
 そのくらい遺体は酷い有様だった。
 こんなことがしたいわけではなかった。彼らを止められればそれで良かった。なのに俺は、この手で若い命を摘んでしまった。
 そのときのトラウマだろうか。今でもミートソースが食べられない。

 街中の人に、殺さずに罪を償わせるべきだったと糾弾された。



 三回目の仕事。小さな町での暴動鎮圧。被差別集落の住民が、街で男の子を轢き殺してしまった。
 そのせいで街の人が怒り、暴動が起こった。
 確かに轢き殺してしまったことはいけないことだが、それで暴動を起こすのは間違いだと思った。
 暴れていた人は口々に「あいつら如きが人間を殺すなんて許せない」と言っていた。
 その差別心が一番いけないと思った。
 でも、最早事態は力でしか鎮めることができない所まで悪化していた。
 だから俺は暴動を鎮静化させた。
 そのとき結果として、確か十三人殺した。
 殺した数にショックを受けて一週間寝込んだ。

 後日集落の住民数人が、俺が殺した十三人を殺した罪で絞首刑になった。



 二十七回目の仕事。禁忌を犯したカルト宗教の殲滅。
 彼らは無関係な人達を儀式と称して殺していた。
 信徒はそれが“救い”であり、“神の求めること”だと思っていた哀れな人達だった。
 俺は直ちに任務を遂行した。
 殺した人数は多分五十人くらいだったと思う。
 ひどい頭痛がしたはずだ。

 信徒は皆悪政のせいで貧しい人ばかりだった。



 何回目だったか、中近東のテログループの制圧。
 ああいうのは宗教が絡んでいるので複雑だ。だから、俺は一般人を殺したそのグループを“悪”と見なし全員殺した。
 人数は、百人は行っていない気がする。
 数えるには少し多すぎた。
 心がちょっとだけ痛んだ、……と思う。

 帰りにテロリストと間違われて自警団に撃たれた。



 そして今回の仕事。
 東南アジアの、人身売買組織の掃討。
 殺した人数は分からない。もう一々数えてはいない。
 少し気が重かったが、ただそれだけ。

 臓器が手に入らなくて八歳の女の子が死んだそうだ。



†        †        †




 のほーんと緊張感なく佇む士郎。
 嫌な汗がしたたり始めているイリヤ。
 両者睨みあったまま動きません。

「ああああ貴方がエミヤシロウさんですね!私、イリヤスフィールさんのクラスメートで、ナナと申します!お会いできて光栄であります!」
「え、ああ。どうも、衛宮士郎です。一応、イリヤの義理の兄です」
「お義兄様!素晴らしい響きですね!では二人の馴れ初めなどを是非!」

 そして二人の手を引いて手近な喫茶店に駆け込むナナ。

「やー!はーなーしーてー!」



†        †        †




「では!お邪魔しました!」

 ありがとうございましたー、という声に送られてナナが立ち去る。
 一斉に脱力する士郎とイリヤ。

「よく、あんな作り話を信用してくれたわね……」
「本当の事を話すわけにはいかなかったから助かったけどな」

 私はこの子と二回目に会った時に真っ二つにされましたーなどと言えるはずが無い。

 暫しの沈黙の後

「それで?なんで突然帰ってきたのかしら」
「別に大して理由なんてないぞ。なんとなくイリヤの顔が見たくなったからな」

 その言葉を聞いて「な…」と詰まり真っ赤になるイリヤ。そんな彼女に気づくことなく、士郎は「藤ねえや桜、遠坂にも会いたいしな。一成は元気かなー」などととぼけたことを言っていた。



†        †        †




 自動ドアが開き、士郎とイリヤが出てくる。どことなくぼろぼろになっている士郎と、先ほどと違ってぷりぷりと怒っているイリヤ。

「いきなり人前でガンドはどうかと思うぞ、イリヤ」
「知らない!シロウのバカ!オタンチン!」

 約一月ぶりに会い、色々話したいことがあるイリヤに対し、どことなくボケーとしている、なにやら物思いに耽っている士郎。
 話を聞いていない士郎にキレたイリヤが凛譲りの強力ガンドを士郎に浴びせたのだった。
 衛宮邸に向かって歩く両者。暫く会話もなく、二人は黙ったまま。
 そんな状況に痺れを切らしたのか、病の呪いを受けたはずなのに
ピンシャンしている士郎にイリヤがじっとりした視線を向ける。

「シロウ?何か私に言い忘れていることない?」

 ん?と首を傾げる士郎。数瞬黙考した後、答えに思い当たる。
 なんだそんなことか、と苦笑した士郎は、イリヤに顔を向けて一言言った。

「ただいま、イリヤ」
「うん、おかえりシロウ」



 その夜、衛宮邸。

「桜と遠坂は来られないのか」
「そーなのよ。リンもサクラも、もうかれこれ三週間工房に篭りっきり。倫敦から帰ってきて余計篭ることが増えているわ。不健康」

夕飯の支度をする士郎とイリヤ。本来なら凛と桜も呼ばれるはずなのだが

「ねー、今日ウチで夕飯食べない?シロ……」
「今忙しいの!また今度ね」
「そうですイリヤちゃん。ここで気を緩めるわけにはいきません!」

 シロウが帰ってきたから、と続けようとしたイリヤを遮り断った二人。
 イリヤが説得する隙もなく切られた電話を所在無げに持つ彼女に、士郎は困ったような笑みを向けていた。

「じゃあ今晩は藤ねえと三人で食べるか」
「そうだねー。タイガは相変わらず元気だよ」

 調理をする士郎と、食器を並べるイリヤ。

「あ、そうそう。シロウがいない間にタイガ又お見合いしたよ」
「またか。で、やっぱりだめだったのか」
「そ。あの食べっぷりを見せられれば誰だって引くわ」
「あー、藤ねえも歳を自覚しないとな」
「大変だよね、日本人は。三十歳までに結婚しないと負け犬のイカズゴケって言われてムラハチブの目に合うんでしょ。お爺様が昔言っていたよ」

 それは多分違うぞ、と思う士郎。大体お前の爺さん孫に何を吹き込んだんだ。

「んとねー、日本人はクビカリゾクだとか、死ぬときはフジヤマの方角を向いてハラキリするとか、テンプラはゲイシャの恰好をして食べるんだとか」

 イリヤ、貴女はこの五年間でテンプラを食べたことは無いのですか?食べたことは何度もある、と。そうですか、では芸者の恰好をして食べたことなどはありますか?

「ないよ。ライガがキモノを貸してくれたことはあるけど」

 はい、そうですね。テンプラをそんな恰好で食べるのは本職の芸者さんくらいでしょう。

「え、嘘!?じゃクビカリは、ハラキリフジヤーマは!?」

 そんなはずはありません。

「じゃ、じゃあまさかお爺様が教えて下さったことって全部デタラメなの!?」

 大正解。

「えええええええええー!」

 切嗣(オヤジ)、あんたの娘は実に立派に育っています。ちょっとは責任とらんかいワレ。

「イカズゴケの話もー!?」
「村八分以外はあり得る」

 未婚だから負け犬というのはどうかと思うけど、まあ藤ねえだし。

「ふ〜ん、士郎はお姉ちゃんのことそういう風に思っていたんだ」
「ああ、いい加減身を固めた方がいいな、あの虎は………え?」

 虎が現れた。背後を取られた!

「虎って言うなー!行かず後家っていうなー!」

 どこから取り出したのか、虎竹刀で士郎を引っぱたく大河。とてもいい音がした。
 士郎は死んだ。
 黙祷、チーン。



†        †        †




「藤ねえ寝ちゃったか」

 居間で丸くなる大河を眺めながら、士郎は縁側にいるイリヤの横に腰掛ける。イリヤは空を見ていた。

「わたし、梅雨って嫌い」

 ぶすっとした声で言うイリヤ。

「いつも曇っていて星が全然見えないじゃない。なんでこんなものが日本にはあるのよ」

 それを士郎が優しく諭す。イリヤと一緒に空を見ながら。

「でもなイリヤ。梅雨がないと夏に水が足りなくなる。それに星が見えなくても他に綺麗にものがあるぞ」
「なに?」
「紫陽花っていう花だ。確か柳洞寺に生えていたと思うから今度散歩がてらに見に行くか?」
「うん、行く行く」

 にぱっと笑うイリヤ。コロコロと変わる表情はとても愛しく、荒んだ士郎の心をわずかながらも癒した。

「あ、士郎ようやく笑った」

 イリヤが言う。士郎は訳が分からないという顔をした。今日は昼間から結構笑っていたと思うが…。

「もう、あんなのは笑っているって言わないの。笑っているように見える表情をしただけ。お姉ちゃんはお見通しなんだからね、シロウ」

 士郎の頬に手を伸ばすイリヤ。頬を覆う手のひらは小さく、それでいて慈母のごとき温かさをもって士郎を撫でる。

「毎回毎回、シロウは外国から帰ってくる度に怖い顔をしている。段々シロウじゃなくなっていくみたいよ」
「そんなこと、ない」
「嘘」

 断言するイリヤ。

「シロウは、最初は一人死なせただけですごく悩んでいた。自分が悪くなくても何日も悔やんでいた。それなのに今は何?殺すことが当然だと思っているみたい。そんなシロウ、わたしは嫌だよ」

 イリヤは手をそのままシロウの頭に回し引き寄せる。胸に抱いた頭に言い聞かせるようにじっくりと言葉を紡ぐ。

「お願い。シロウはシロウでいて。わたしは怖いの。シロウが正義の味方を貫けば貫くほどにシロウがどんどん磨り減っていく。最後には何もなくなってただ人を殺すだけの機械になりそうだよ」

 イリヤには分かる。この五年間ずっと士郎を見てきたから。例え離れている時間が長くても、いつも士郎のことを想っていたから。
 彼の危うさには早々に気づいた。彼は自分のことを考えなさ過ぎる。サーヴァントを助けるために飛び込んできたり、バーサーカーと斬りあったり。
 士郎は自分の命を軽んじている。そんな彼がこのまま正義の味方を貫き、鋼の心で在り続ければ近い未来に磨耗し切るのは目に見えていた。
 今までその不安はずっと彼女の中に渦巻いていた。しかしイリヤは彼がいつか気づくのではないかと思い、じっと耐えてきた。だが、それももう限界だ。

「わたしはいつもここに居る。辛かったらいつでも帰ってきてよ。辛いことは辛いと思ってよ。もっとわたしを頼ってよ。わたしはシロウと一緒に戦えないけど、シロウを支えることくらいできるんだから。だからお願い。シロウはシロウのままでいて」

 少女の願いは青年に確かに届いた。しかし、それがそのままの形とは限らない。
 士郎は理解した。イリヤは自分がいなくなることを怖がっていると。それはそれで正しい。しかし、イリヤは士郎が変わってしまうこと、戦い続けた果てに磨耗し、なぜ戦うのかすら分からなくなっても戦うようになってしまうことを純粋に恐れたのに対し、士郎は彼女が、自分が彼女を置き去りにすることを恐れたのだと勘違いした。士郎の中ではイリヤはあくまで守るべき対象だった。

「大丈夫。イリヤは俺が守るから」

 その言葉に少女は嬉しそうな顔をした。だが、それは彼女が望んだ言葉ではなかった。
 だからその笑顔は晴れなかった。



†        †        †




 その後、士郎は大河を担いで藤村邸まで送っていった。もちろんイリヤが隣に居る。

「かたじけない、士郎坊ちゃん。後は任せてください」

 黒服の男が大河を彼女の部屋まで運んでいく。屋内でサングラスは過ごしにくくないのだろうか。

「じゃあ、お休みシロウ」

 イリヤが士郎に挨拶する。

「ああ、また明日な、イリヤ。おやすみ」

 士郎はどこかまだ寂しげな表情の少女に挨拶する。士郎はそのまま、イリヤが扉の向こうに消えるまでそこにいた。
 少女が消え、人の気配がなくなったとき………。
 青年は、狩りに向かう鷹の目をしていた。



†        †        †




 どろり、どろりと足を運ぶ。
 視線の先には若い女性。
 どろりと足を持ち上げる。
 どろりと足を下ろす。
 何も感じない。
 何も考えない。
 この身は道具と成り果てた。
 ただ支持に従いかつての同胞を狩る。
 だから、どろり。
 泥のような闇の中を緩慢な動きで彷徨う。
 胡乱な目つきで目標を確認し、だらしなく開いた口からは意味なき呻き。
 心の臓は腐り落ち、灰色の脳細胞は零れ落ちた。
 ぺたん、ぺたんと足音がする。
 目標はこちらに気がつかない。
 埃にまみれた服を引っ掛けて。
 つぶれた靴を引きずって。
 今夜も人間を狩る。
オイラは機械仕掛けのブラウニー。
どろりどろり、目標に手を伸ばす。
その甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて甘くて――――――――――――

とっても甘い■が喉を通る、その行動を反復しようとして―――



「ん?」

 彼女はふと振り向いた。今空気が動いた気配がした。それとなんだか風を切る音みたいなものがしたような……。
 カツン。
 足元で音がする。
 音の方向を見るが、音を立てたとおぼしき物はすぐに闇に紛れてしまった。
 その一瞬に見えた物は

「ボタン?」

 それはブラウスか何かのボタンのように見えた。自分の服を確認
するが、ボタンは全て付いている。
 首を傾げる女性だったが、まいっか、と大して気にすることもな
く家路を急いだ。
 彼女は非常に幸運だったと言える。何故なら、正義の味方が彼女の命を救ったのだったから。



「まずいな、こりゃ」
 赤い外套の男、衛宮士郎が呟く。
 彼の足元にはさらさらと灰になって散っていく死体があった。



その夜、午前二時過ぎ。
ジリリリン……

ジリリリン……


ジリリリン
ガチャ



「もしもし」
「遠坂か。俺だ、衛宮だ」
「士郎?何だ帰ってたんだ。連絡くらいしてくれてもいいのに」
「あ……?いや、そうじゃなくて」
「何?今かなり忙しいんだけど」
「わかった。単刀直入に言う」
「…面白い話じゃなさそうね」
「ああ、この街に―――死徒が紛れ込んでいる」



クロスオーバーじゃないので用語解説
死徒
吸血種の中で吸血鬼、と呼ばれるモノたちの大部分を占める吸血種。
元々から種として吸血種である"真祖"に血を吸われて吸血種になった人間が始まり。
生きるために吸血行為をするが、いつからか、吸血行為そのものに優越性を感じ始め、自己の能力を強化していくようになった。

なお、内容は宙出版「月姫読本PlusPeriod」に準拠します。


後書き
というわけで第二話でした。
イリヤ姉さん、菩薩モード発動。
第二話でこれは早いかもしれませんが、イリヤは五年間士郎の傍にいたので不自然ではないと思います。
また、テーマは早いうちに提示したほうがいいとも思ったのでこのタイミングで士郎の現状とか書きました。

クロスオーバーでもないのに死徒を出しました。クロスオーバーではありません。ですのでオリジナル死徒になりますがその辺お付き合い頂ければ、と。

それでは第三話でお会いしましょう。
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