html> 第四話


「さてシロウ?洗いざらい喋ってちょうだい」

 そこには白髪の鬼女が屹立していた。



 士郎は困っていた。非常に、困っていた。ばれている。少なくとも色々隠していることは間違いなくばれている。というよりむしろ最初から隠せていなかったのか?

「黙っていないで。さあ、さあ、さあ!!」

 迫るイリヤ。どうにかしてかわそうとする士郎。

(どうしたらいい?)

 俺は――――

1、 イリヤを連れ戻す
2、 イリヤを連れ戻す
3、 イリヤを連れ戻す

 ってどこにだー!まずいぞ、まずいぞ。この展開は想定事例その一ではないのか?ようし、こうなったらイリヤを気絶させて藤村の家にでも軟禁しておく他あるまい。許せイリヤ。お兄ちゃんは必死なんだ。
 やぶれかぶれでイリヤの懐に踏み込もうとする士郎。彼は気付いていなかった。感じ取ることが出来なかった。既にイリヤが手段を選ばない程に腹を立てていることに。
 例えば、普通なら彼女は他人に魔眼を使うことは躊躇うのだが、このときは躊躇いなど微塵もなかった。
 よって、イリヤの紅い瞳が光った。

「士郎、『わたしの質問に答えなさい』!」

 士郎がぴたりと動きを止める。

 隠し事をするだけなら我慢できた。彼の仕事が生易しいものではないのは承知だから。
 彼が自分を巻き込むまいとしているのも気付いていた。この五年間いつもそうだったから。
 だけど、今度ばかりは我慢ならない。
 遠坂凛と間桐桜には洗いざらい喋っているようなのに自分は蚊帳の外ときた。しかも「自分は貴方を支える」と宣言したばかりなのにだ。
 あろうことか、起こっている(であろう)事件の舞台はおそらくはこの冬木の町。自分が住んでいる土地で、大事な弟が自分に内緒で他の女とつるんでこそこそ何かやっている。これを我慢しろというのか。シロウはわたしのものだ。シロウの楽しみはわたしの楽しみ、シロウの苦しみはわたしの苦しみ。彼一人に背負わせておけるか!


 最近のシロウを見ていると、あの赤い弓兵を思い出す。
 確定した死を前に一人残り、戦った英霊。
 彼は負けなかった。あの弓兵の活躍で時間とバーサーカーの“死”を稼いだシロウ達は見事、バーサーカーを滅した。弓兵の作戦勝ちである。
 確かに彼の弓兵に敗走は無かった。
 だがイリヤは彼の弓兵を理解しない。
 当たり前のように己を犠牲にする精神など認めない。
 そして、何故かその弓兵に近づいている弟は止めなくてはいけない。
 いや、何故彼が弓兵に近づいているのかは薄々理解している。
 だからこそ止めなくはいけない。
 彼を、あの荒野に辿り着かせてはならない。
 彼が彼女を救ったように、彼女もまた彼を救わなくてはいけない。
 では、まずはこいつに洗いざらい喋らせることから始めようではないか。

―――いくぞ狂戦士、蘇生の準備は万端か
(いくわよバカシロウ、自白の用意はいいかしら)

「訊くわ。『隠していることを話なさい』」

 いきなり核心を抉る剛速球。

「あ…、死徒がこの町にいる」
「死徒……。なるほどね」

 得心がいったイリヤ。それならシロウが動き回るのも頷ける。

「じぁね。『なんでわたしに隠していたの』」
「うぐ……。イ、イリヤ、イリヤを……」

 よほど話したくないのか、抵抗する士郎。

「わたしが何?『早く話なさい』」

 それでも抵抗する士郎。魔術回路を統括しているイリヤの脳に負担がかかる。

「頭痛いんだからとっとと話してよ」
「あ……、うう……。………い………」

 顔を真っ赤にして力む士郎。肩を震わせながら

「言えるかー!!」

 爆発した。魔眼を弾かれた衝撃に目が眩むイリヤ。よろめいた彼女を、士郎が慌てて支える。

「おとと、なんで言えないのよ、シロウ」
「当たり前だろ。お前を守るために巻き込まないようにしていた、なんて恥ずかしくて本人の前で言えるか!」

 本日の自爆その2。顔が噴火する士郎。きょとん、とした後で噴き出すイリヤ。クスクス笑いは序々に大きくなり、しまいには腹を抱えて笑いだす。士郎に抱えられたまま。
 参考までに記すと、この時の二人の体勢は背中に片腕を回した、男が女を支える際のお決まりの姿勢だった。「お嬢さん、お怪我はありませんか」「はい、大丈夫です」というセリフ付きだとわかってもらえるだろうか。これはこれで結構恥ずかしい体勢である。

「な……笑うことないだろ」
「だって…だって…」

 そんなバレバレのことを恥ずかしいと思っていたのか。
 息を切らしながら笑うイリヤ。ようやく自分の脚で立つ。

「ふう…ふう。もうシロウったら。わたしは分かっているよ、シロウがどれだけわたしのこと心配しているか。だから、わたしにもシロウを手伝わせてよ。全部背負い込む必要なんてないんだしね」

 ウィンクして士郎を指差すイリヤ。ばきゅーん、とな。

「でもイリヤ。危ないぞ」

 お前と連れて行ったらイリヤの吸血鬼で世界を預かりだ。

「? 助詞の使い方が変だよシロウ」
「心を勝手に読むな。とにかく俺は反対だ」

 帰って寝ていろ。

「ふーん。いいもんいいもん。じゃあわたしは好き勝手するから」
「はあ!?」

 白いこあくまモード発動。やはり軟禁しかないのか!?

「わたしを放って置いたら勝手に死徒に捕まっちゃうかもね。それが嫌だったらわたしにちゃんと首輪つけておいてね。にゃーお」

 一瞬鎖付きの首輪を着けてゴロニャンしてくるイリヤを想像した士郎。いかんいかんと頭を振る。立ち去れ煩悩、頑張れ理性、喝。

「なにやってんの?…それで、わたしを連れて行く?嫌だってまだ言うんなら魔眼使ってでも連れて行かせるからね」
「………。仕方ない、分かった。でも、俺の指示に従うこと。それを拒否するんだったら実力行使だからな」
「分かったわよ。シロウの方が戦い慣れしたいるのは確かだもの。指示には従うわ」

 じゃ、いきましょ、と歩き出すイリヤ。このとき士郎は本気で、世界と契約する覚悟もしていたという。



†        †        †




夜、十一時過ぎ。

 士郎とイリヤは橋の欄干に腰掛けていた。

「ねえ、シロウ。見回りしなくて本当にいいの?」
「ああ、新都の方はまだ警察がいるし、人通りもほとんどない。死徒が活動するなら深山だろう。そして、死徒の根城は新都にあると踏んでいる」
「で、その理由はまだ言えない、と」
「ああ、確信してからじゃないと言えない」

 それから暫くの間無言になる二人。彼らの間には風の音すらなかった。聞えるの<は彼らの息遣いの音のみ。
 そう、自分達が立てる音“しか”聞えなかった。
 川の水が流れる音も、深山や新都を通る車の音も。
 橋には人通りが全くない。
 十一時にもなれば人通りはかなり少なくなるが、ゼロになるのは異常である。
 それに士郎がようやく気付く。

「静か、過ぎる」
「え?」
「静か過ぎるんだ。少し前までは車の音とか色々聞えていたのに今じゃ何も聞えない」

 まるで外界から遮断されたように。

「まさか結界!?」
「くそ、何で気付かなかった!」

 結界が張られているらしい、と分かった今でも結界の気配がしない。あくまでも静かに、穏やかに、二人は閉じ込められた。
 士郎は蟲を使って桜に連絡を取ろうとする。しかし、結界の内外で繋がりを絶たれているのか、連絡が取れない。凛達が自力で気づくのに期待するしかないが、その場にいた彼らでさえ気づかないほどの結界である。彼女達が気付くのはまず無理だろう。

「随分と魔術の腕が立つみたいね、死徒さんは」
「おまけに今夜はどうやら大盤振る舞いのようだ」

 橋の新都側から十体以上の死者が歩いてくる。

「どうやらここまでして俺を殺したいみたいだな」

 死者を一度にこれほど動かしてまで仕掛けてきたのだ。込められた敵意は大きい。

「昼ので目立ちすぎよ、シロウ」
「失敗だったかな」

 イリヤが数歩下がり、士郎が数歩前に出る。

投影(トレース)開始(オン)

 士郎が数本の短剣を投影する。細身の短剣は単なる剣であるが、爆弾としては中々の威力になる。

「……中った」

 そう呟き士郎が剣を投擲、全ての剣が死者の体に的確に刺さり、続けて爆発する。

「“壊れた幻想(ブロークンファンタズム)”」

 ばらばらになった死者が塵になる。
 残る死者は七体。
 死者達の中に士郎が飛び込む。彼に反応した死者が殴りかかってくる。士郎はそれを半歩ずれて回避、すれ違いざまに投影した日本刀で斬る。
 腹部を真っ二つにされて地面に転がった死者を踏みつけて、別の死者が飛び掛ってくる。士郎は日本刀を逆手に持ち替え、その二体の死者を道路に串刺しにする。
 日本刀から手を離し、背後から組み付いてきた死者に回し蹴りを浴びせ、そのまま回転しながらツーハンデッドソードを投影する。独楽のように回転しながらバスターソードを振り回す。
 間合い内にいた三体が粉砕される。残るは二体。

投影(トレース)開始(オン)

 レイピアを二本投影し、士郎はそれぞれの死者に一本ずつ投げる。
 一体の死者の頭部にレイピアが刺さるが、もう一体の死者は肩に刺さっただけだった。
 ふらつく死者に士郎が肉薄し、バスターソードで頭を殴りつける。濁った音がして、死者の頭蓋が果実のように潰れる。

 静寂が戻る。現れた死者は全て塵となって消えた。
 だが結界が解かれる様子はなく、むしろ敵意が濃くなっている気配すらある。
 士郎があらかじめ剣を投影する。

投影(トレース)劣化(ディプリット)

 魔術回路が作動し、幻想を紡ごうとする。

I am(我が) the born of(骨子は) my sword(黄金の欠片)

 何十、何百回と繰り返し創り続けた剣が、姿を現す。
 選定の剣を礎とし、その神秘の格を下げ、宝具としてのランクを落すことで術者への負担を軽減し、結果、投影の速さ、精度、燃費を飛躍的に向上させた、衛宮士郎の愛剣。宝具としてのランクをつけるとしたらC-。銘を

偽・黄金剣(カリバーン)

 オリジナルのカリバーンより幾らか短くされた刀身の長さは約七十センチ。その分軽くなった剣は、細工が利くようになり、幾らか守りを重視した構造となっている。
 煌びやかな装飾も省かれ、カリバーンを知っている人間が見れば随分とカリバーンが安っぽくなったものだと嘆くような外見となっている。
 その剣を握り、士郎は電灯の灯りが届かない闇に目を凝らす。何もいない。はずが

「どこを見ている、下種なる人間」

 声は上から聞えた。士郎とイリヤの視界の中に、曇天の夜空に浮かぶ人影があった。
 水平距離で五十メートル、垂直距離で二十メートル程の所に浮かぶその人影は、中年に差し掛かった年齢の男性に見えた。
 黒いマントに身を包み、黒髪を撫で付けた彼は、領主が従える人民を睥睨する目で二人を見下ろしていた。
 一瞬前まで、そこには誰もいなかった。気配の欠片もなかった。そいつは何の前触れもなく突然現れた。
 チキチキチキ、脊髄から音がする。
 アレはテキだ、テキだ。本能が警告する。アレはオマエを殺そうとしている。

「私の食事の邪魔をした挙句、手駒までも減らすとは無礼極まりない。その罪、命を以って償え」

 そう言うと、その死徒は呪文を唱える。

Lupus speculum(基点より二十八枚合わせ、)viginti octo(鏡像の影を実体となす)

 魔術の呪文であった。

Perspiro colonia(黒き灰汁の獣)

 死徒の影が膨らみ、そこから黒い泥のようなものが滴り落ちる。
 泥はぶるぶると震えると、獣の形に変わった。それは犬――狼であった。
 泥の狼の足元から二十八の赤い影が伸び、それもまた狼として実体化する。

「我が影狼(えいろう)の餌食となれ」

 影から出てきた狼、影狼が士郎達目掛けて走り出す。
 迎撃する士郎。影狼を近い順から切り伏せる。
 彼の剣は決して速くはない。もちろん並みの人間よりは数段上の速さだが、それは、才能のない人間が努力の末に磨き上げた速さだ。それ相応の努力を積めば大抵の人間は彼の剣に並ぶだろう。その努力は並外れたものなのは確かだが。
 士郎はその剣で、二十八の獣を残らず倒した。彼に到達するまでの時間を見切り、一振りで数体斬り、狼の牙も爪も届く前に切り裂き、あるいは爪を防いだ剣で切り裂き、無駄を感じさせない技で影狼を退けた。
 斬られた影狼は、その場で霧散した。

(魔力で構成された、使い魔のコピーか)

 それを見ながら、敵の手の内を解析する士郎。

(大した魔力だ、だけど)

 このくらいの攻撃だったら何度でも防げる。

「ほう、醜くも抵抗するか下種」

 死徒の身体からさらに二体の使い魔の狼が現れる。

Lupus speculum(基点より三十五枚合わせ、)triginta quinque(鏡像の影を実体となす) Perspiro colonia(黒き灰汁の獣)

 使い魔の各々の影から三十五体ずつ、合計百五体の影狼が出現する。
 これには士郎も表情を険しくする。
 しかしここは橋の上、百五体が一度に攻めるには狭すぎる。

「……来るか」

 影狼が再度士郎に襲い掛かる。さきほどと同じパターンだ。
 ただ量が多くなっただけでは士郎に傷を負わせることは出来ず、百五体の獣は残らず倒された。
 それでも、攻撃が全く効いていないにも関わらず、死徒には余裕しかない。
 三度、使い魔から影が伸びる。その数、合計で五十一体。

「無駄………、何?」

 伸びる影から狼が出現しない。
 影は伸び続ける。士郎の足元目掛けて。

「しまった!同調開始(トレース・オン)!」

 剣を強化し、影を叩く士郎。五十一体のうち半数はその一振りで消えるが、残りの半数は士郎を通り過ぎる。その先にはイリヤ。
 士郎の脳裏に、最悪のシナリオが甦る。

「ち、イリヤ、逃げろ!」

 影を追いながら叫ぶ士郎。一方イリヤは微動だにせず

Sie sind mine Puppe.(泥んこどろどろ悪戯っ子)

Die Puppe entzweibricht.(ばあさん怒り火箸でぶった)

Ich streue der Ueberrest.(焼けた痣から血が吹き出た)

―――“Der blutige Hammmer”(叩きつける魂の槌)


 高速詠唱を用いて二秒足らずで唱えられた魔術は、魔力の波となって影に吹きつけ、影を叩き潰す。
 唖然とする士郎。

「イリヤ、そんな魔術どこで覚えた」
「城にあった魔術書漁って、それを応用したの。力の流動を乱す魔術、本当は精神攻撃の一種なんだけど、こういう、魔力で構成されている類のものには効くみたいね。人間に使っても頭痛がする程度のしょぼい魔術だけど」
「? それ、アインツベルンの魔術なのか?」
「というより半分くらいは、わたしオリジナルね。力の流動を制御する魔術をいじくってわざと乱すようにしたものだもの。普通の魔術師だったらこんな使い方しないわ。わたしもまさか実戦で使うとは思っていなかったけどね」

 肩をすくめるイリヤ。取り合えず一安心した士郎は、死徒を睨みつける。

「女の子を狙うなんて随分と卑怯なんだな」

 それに対し死徒は

「ふん、下種以下の存在をどうしようと私の勝手であろう」

 と、随分なことを言い放った。

「お前、イリヤがなんだって…?」
「聞えなかったか?人間もどき(ホムンクルス)程度に卑怯もなにもあるまい?違うか?」

 自分をホムンクルスだと簡単に見破った死徒の眼力に青くなるイリヤ。相手は、死徒以前にかなりのレベルの魔術師だ。影狼や結界の出来から見ても間違いない。あいつは、魔術を究めた果てに死徒となったタイプの死徒だ。
 士郎は逆に真っ赤になっていた。

「お前、イリヤが人間以下だとかホムンクルス程度だとか好き勝手言うんじゃねえ」

 弓を投影、偽・黄金剣(カリバーン)を番える。

「イリヤは俺の妹だ、それで充分だ!」

 矢となった剣は、一筋の軌跡を描いて死徒に向かい飛来する。
 死徒は、影狼を盾にすべく、獣を展開する。
 偽・黄金剣はそれらの影狼を貫き死徒に迫る、だが勢いは大して残ってはいない。それは士郎の計算の内であり、お決まりのパターンとして死徒に剣が届くと同時に、剣を“壊す”。

「“壊れた幻想(ブロークンファンタズム)”」

 死徒の身体が爆散する。だが、足りない。復元呪詛が働き、死徒の身体は修復される。

「どうした、その程度の破壊力で私を殺そうというのか」

 士郎を挑発する死徒。それに構わず士郎は新たな投影を始める。呪詛が働いているとは言え、死徒の身体が完全に修復されるには幾らかの時間がかかる。

投影(トレース)開始(オン)

 八節を紡ぎ、求める幻想を結ぶ。その幻想は『太陽剣(グラム)』。日光を嫌う死徒には切り札と成りうる剣である。
 その聖剣が放つ太陽の光の前では、通常の死徒なら存在ごと抹消されるであろう。
 グラムを番える士郎、死徒は相変わらず余裕綽々である。その表情は、「倒せるものなら倒してみろ」と言っている。
 グラムを放つ。先程の偽・黄金剣(カリバーン)とは比べ物にならない光を纏い、グラムが死徒に飛来する。
 死徒はグラムに手を伸ばし、一言

「『幻想』を改竄する」

 ただそれだけで、死徒の手に触れた瞬間にグラムは砕け散った。
 息を呑む士郎。グラムは、宝具としてはAランク以上の力を持つ。投影には相当の魔力と術者への負荷が必要になる。それを死徒はいとも容易く砕いた。死徒は橋に降り立つと、ゆっくりと士郎達に向かい歩き始める。

「不思議か?人間」

 剣を投影することを忘れて立ち尽くす士郎。目の前で高ランクの宝具が効かなかった光景を目の当たりにしたイリヤも、士郎に発破をかける余裕はない。

「簡単な話だ、これが私の固有結界『隷属の発祥地』の力だよ」

 固有結界、とその死徒は言った。

「下種に教える必要はないが、私は慈悲深い。特別に教えてやろう」

 教えたくて仕方が無い、という雰囲気を隠そうともせずに死徒がそう言う。

「この固有結界は、内にあるあらゆるものを私の意のままに“改竄”する。この高性能故世界の修正も強く、広範囲の展開は厳しくてな、効果範囲は私と私に触れたもの程度だが、それでも充分すぎる。何故なら―――」

 そこで一旦区切り、いやらしい笑みを浮かべる死徒。

「私は私の『死』すら改竄するからだ。呪詛が及ばぬほどの破壊でも改竄してみせよう。私を滅ぼしたくば、一撃で魂ごと消し去って見せろ」

 尤も、と続ける死徒。

「あの脆き剣では私に届きはしないがな」

 四度、影を使役する死徒。その数、七。
 士郎の反応が遅れ、剣の投影では迎え撃つことは不可能。
 彼は最速で、己が持つ最強の盾を投影しようとする。

「来い、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』!!」

 魔力が収束し、無敵の鞘が現実に顕在――――しなかった。
 籠められた魔力はただ発散し、影狼は士郎の身体に食いつく。
 喉を破られたら即死だ。腹筋を破られても同じ。慌てて士郎は防御体勢を取りながら、この事態を打開するための手段を検索する。
 底なし沼にはまったような状態を打破する剣は―――
 一つ、かの狂戦士の斧剣ならば一振りで纏わりつく影狼を蹴散らせる。だが投影する時間がない。

「くそ………」

 傷が、出血が増えていく。だがここで自分が耐えなければ、次に狙われるのはイリヤだ。…イリヤ?そうか。

「イリヤ、俺ごとこいつらを吹き飛ばしてくれ!」
「え!?あ?わ、分かった!」

 先程使った魔術、“Der blutige Hammmer”(叩きつける魂の槌)で影狼を散らすイリヤ。魔力の流れを阻害された影狼はそれで消えた。
 士郎も頭痛がした。

(ぐっ。このくらいの頭痛なら慣れているんだけどな…!)

 息を切らしながら後退する士郎。イリヤが駆け寄る。

「大丈夫、シロウ」
「ああ、大したこと無い。でも、なんで鞘が投影できなかったんだ?」

 イメージに綻びがあったわけでも、雑念が混じったわけでもない。まるで鞘が投影されるのを拒否したかのように、編み上げた魔力が霧散した。
 今まで鞘を投影したことは何回かあった。その何れも、八節を紡ぐまでもなく一瞬で投影が完了した。あの鞘は士郎にとって己の半身とでも言うべきもの。今更投影に失敗するはずがない。
 しかし、現に投影は呆気なく失敗した。これで鞘の結界効果も治癒効果もあてにできない。
 疑念は消えることはないが、取り合えず置いておき、目の前の戦いに意識を集中させる士郎。
 身体に魔力を奔らせ、肉体を強化する。間髪をいれず、死徒がまたもや影狼を繰り出す。

「まったく、飽きない奴だな!――投影(トレース)劣化(ディプリット)

 偽・黄金剣(カリバーン)を投影し、影狼を斬る士郎。傷のせいで剣の速度はわずかに落ちていた。五体倒す間に一体が爪を立て、六体倒す間に太ももから血が流れる。
 イリヤも応戦はしていたが、彼女に接近戦の能力を望めるはずはなく、士郎は自分の後ろに一体たりとも通せない状況を強いられていた。
 それでも一歩、また一歩と前に踏み出す士郎。前に出れば影狼が到達するまでの時間が減り、攻撃が熾烈になるにも関わらず彼は前に進む。
 壁である彼が前に出れば、その分背後の少女に危険が及ぶ可能性が減る。
 死徒が絶え間なく繰り出す獣を、次々と切り伏せる士郎。手にした剣がひび割れればそれを左手で投擲し、爆発させ、その間に右手で剣を投影し近づいてきた影狼を切り伏せ、足元に潜りこんだ一体を蹴り飛ばした勢いでさらに前進する。
 籠められた魔力が増えているのか、影狼の能力が上昇としている、と士郎は感じた。だがそれは彼の勘違いであった。出血の影響で士郎の能力が下がっているだけだった。
 それに気付かず剣を振るい続ける士郎。このまま行けば、死徒の方が先に魔力切れになると甘い予測をしていた。彼は見切りを誤った。そして士郎は、死徒の射程内に踏み込んだ。

 それまで機械的に影狼を繰り出していた死徒の様子が変わる。
 纏う殺気が濃度を増し、大気中のマナが密度を持って死徒に集まる。

 闇に佇む影はひたすら暗く、伸びる影は夜にはありえない濃さを保っている。
 橋の電灯がジジジ、と音を立てて点滅し、死徒の放つ重圧に耐えかねたのか、水銀灯が数本破裂する。

 吐き気をもよおすくらい濁った空気に士郎が飛び退こうとしたとき、死徒が引き鉄を引いた。

「私の『影』を改竄する」

 死徒の足元の影が膨れ上がり、巨大な氷柱のようになる。それが士郎目掛けて伸びる。距離は約二十メートル。氷柱の伸びる速度が速く、士郎に回避することはできない。
 とっさに両手に投影した剣を持ち、急所をカバーする士郎。回避することができないのなら、致命傷だけでも避けなくてはいけない。

「馬鹿め、その程度で防いだつもりか」

 ぐん、と士郎の身体が押される。氷柱の持っていた運動エネルギーを殺しきれない。脚に、肩に、脇腹に氷柱が刺さり士郎の身体が宙に浮く。
 氷柱を展開出来る距離が限界になったのか、死徒が氷柱を消す。
 士郎は勢いそのまま宙を舞い、イリヤの背後に落ちた。
 どしゃ、と音を立てて道路に撥ねる、糸が切れた人形のような肉体。士郎は「かはっ」と一回息を吐くとそのまま動かなくなる。彼を中心として、血が広がる。

「シロウ!」

 駆け寄るイリヤ。死徒が数体の影狼を造り、二人に送り出す。

「大分力を使った。養分になってもらうぞ。下種共」

 既に勝ちを確信し、警戒を解く死徒。影狼が二人を丸く囲い込む。ゆっくりと円を描いて歩く影狼。イリヤが魔術で応戦しようとしたとき、それらは飛び掛ってくるだろう。何もしなくても、じきに襲い掛かってくるのは目に見えている。このままでは死ぬのが少し遅くなるだけだ。
 (ほぞ)を噛むイリヤ。せっかく無理を言ってついて来たのに、ここで役に立たないとはどういうことか。このままではシロウも自分も死徒の餌だ。
 どうする、どうする?





 守れない。
 このままだと守れない。
 守ると誓ったのに守れない。
 もう身体が動かない。
 自分は負けた。そう、負けたのだ。
 相手の策にあっさりはまり、みっともなく地に伏せている。

 死ぬ。俺もイリヤも死ぬ。間違いなく死ぬ。

 正義の味方はここで死ぬ。イリヤを侮辱した吸血鬼に血を吸われて死ぬ。

 守りたい。彼女を死なせたくない。

 できることなら、いつでも皆に笑って欲しかった。
 誰かを切り捨てることなどなく、皆助けたかった。
 できなかった。
 十を助けようとしても救えるのはいつも九。
 一を切り捨てるしかなかった。
 いつしかそれを仕方ないと思うようになっていた。
 十を救えぬのなら、敢えて一を切り捨て九を救おうと。
 炎に巻かれた幼児を見捨て。
 孫の仇を討とうとする老婆を斬り。
 裏切った元仲間を射殺した。
 殺すことに躊躇いを覚えなくなった。
 殺して殺して殺して、もう何人殺したか分からない。
 でも、殺した事実をなかったことにはできない。切り捨てた人達は決して戻ってこない。

 ならば、己が切り捨て続けた一を十字架の如く背負って歩き続けろ。
 お前に休息は不要ない。
 ただひたすら一を切り捨て続ける。止まることなど許されはしない。
 それが衛宮士郎という一振りの剣に許された唯一の道。
 己をただ鉄として、九を救うべく刃を以って一を破壊し尽す。
 守れ。例え傷つこうとも、どれだけ血を流そうとも、守るべき九を判断し守りぬけ。
 一を切り捨てろ。

 この場合、守るべき九がイリヤで

「一がお前だあああああぁぁああぁあああああああぁあああっっっっっっっっっっっっっ――――――――!!!!!」

 お前は別の吸血鬼に襲われたのかもしれない。魔術に溺れたのかもしれない。
 生き続けることに飽きてしまったのかもしれない。
 お前は犠牲者なのかもしれない。
 それでも俺はお前を殺す。切り捨てる。救わない存在として認識する。
 なぜなら俺には守らなくてはいけない九がいるから。
 それを守るのに、お前は単なる障害だから。

 士郎が跳ね起きる。怒気が魔力となって風を起こし、影狼が恐慌し士郎とイリヤに飛び掛る。
 八節をすっ飛ばし、結んだ幻想をもどかしく握り締め、吸い上げた記憶が音より速く全身に憑依しオーバーヒートしそうなくらい熱い神経に魔力が溢れて剣の軌跡を幻視する。
 世界が遅くなり、振るう剣は軽い。これなら刹那の間に何回も振れる。その記憶もあるじゃないか。

 士郎は投影した狂戦士の岩剣を閃かせる。再現する剣技は、ギリシャの大英雄が身につけたもの。水蛇を殺した際の弓術を模倣した殲滅の―――

「『是、射殺す百頭(ナインライブスブレイドワークス)』」

 青年の傍らに寄り添う少女には剣圧さえ感じさせずに、彼らを三百六十度余す所無く取り囲んでいたはずの獣達は、一撃で滅された。

「まだ抵抗するか人間! その傲慢さ、死ですら償えんぞ!」

 士郎が大人しく餌にならなかったことに腹を立てた死徒が、これまでにない量の影狼を繰り出す。最早濁流となった影狼の大群が雪崩れ込んで来る。





 血が足りない。力も足りない。魔力はまだ残っている。この剣を振るうには衛宮士郎の身体は脆弱すぎるし、あの死徒を滅ぼすには残った血が足りない。
 その悪条件を引っくり返す手段を検索する。
…………………………………………………………………ヒット。
 五年前、アインツベルンの森で戦った際に狂戦士が見せたスキル“狂化”。これを以ってすれば足りない要素を補える。
 だがそれは不可能。“狂化”のスキルは英霊たる、バーサーカーのサーヴァントにのみ許された能力。人間が模倣できるものではない。
 ならば、騙せ。自分の身体を騙せ。脳を騙し、精神を騙せ。あたかも本当に狂化したかのように己の隅々まで残らず騙しつくせ。
 勝てぬなら勝てるものを幻想しろ。出来ぬなら出来るものを幻想しろ。
 それが衛宮士郎に許された唯一の武器―――

 剣から“狂化”の記憶を導き、自分に憑依させる。
 脳のリミッターが外される。通常三割程度に抑えられている筋力が開放され、大量の酸素とエネルギーが全身に巡回しだす。寸刻持たず枯渇するはずのそれらを魔力で補う。酸素は強化した心肺が、レッドゾーンまで速さが跳ね上がった血流で全身に届け、足りないエネルギーは肝臓、皮下脂肪を始めあらゆる部位に蓄積されたものを強制的に引きずり出し、全身を強化する魔力は生命力で補い一瞬でも長く持ちこたえさせる用意をする。

 剣を試し振りする。
 パキン。
 それだけで骨が折れた。筋肉が切れた。神経が千切れて腱は寸断された。
 構わない。欠けた部分は  が補う。今はただ濁流に立ち向かう機械となる。

「もういい。―――狂え、エミヤシロウ」




後書き
というわけで第四話でした。
ようやく(?)死徒さん登場。と言ってもまだ名前もバックボーンも明かしていませんが。
補足です。おいおい描きますがあの死徒さんは人間だった頃に固有結界を身につけました。
まあ色々思うところがあって死徒としての格は低いので、能力として固有結界を使わせるのは無理と判断したためです。だから詠唱もあります。作るのかなり面倒ですが。

イリヤもようやくまともな魔術使用。アインツベルンの魔術にああいうのがあるかは知りませんが、イリヤの見せ場の準備として使用。
人間に使っても頭痛程度って、誰で試したんでしょう。

さて次回は脳内麻薬噴出のジャンキー士郎君が暴れます。引越しがあるので更新が遅れますが、二週間以内には環境整えて更新したいな、と思っています。

それでは第五話でお会いしましょう。

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