「もういい、―――狂え、エミヤシロウ」

 最後に残っていた理性も、弾け飛んだ。紅く染まった眼球に禍々しい光が灯る。
 影狼が群れを成して殺到する。隙間はない。

「■■■■■■■ーーー!!!」

 咆哮する士郎。込められた殺気と音圧が大気を振るわせる。影狼が真っ当な生き物であったのなら、声だけで意識を破壊されただろう。
 力任せに振り回される斧剣。影狼の群れはある一線を境に、壁にぶつかった様に進行が止まり、順に散っていく。
 道路に叩きつけられた斧剣がアスファルトを叩き割り、アスファルトの欠片が獣を打ち抜く。道路が砕け、手すりが割れ、尽くが凶弾となって注ぎ、それ以上に狂った破壊工作機が影狼を蹂躙する。

「■■■■■■■■ーーーーー!!!

 さらなる狂気が上書きされる。風を切る音としては激しすぎる音が爆風に伴い、刃の軌跡上にない影狼も巻き込み、わずかでも破壊の領域に踏み込んだ存在はこの世から抹消される。
 暴走列車と化した士郎は一歩一歩確実に前進する。先程と変わりない、愚直な前進。その速度は前回より速く、通った後はアスファルトの残骸と折れ曲がった鉄骨。悲鳴を上げる橋桁を他所に、咆哮を上げる狂獣は加速度的に激しさを増す獣の突進を蹴散らす。



 狂気に足がすくんだ。狂気自体が恐ろしかったわけではない。彼の咆哮はかつての狂戦士と比べれば衝撃は格段に劣る。
 それでも足がすくんだ。
 優しい彼が、不器用ながら理想に向かい頑張り傷ついている彼が、彼女にいつもおいしい料理を作ってくれる彼が、全身から血を撒き散らしながら、文字通り狂ったように剣を振り回している。
 ぼろぼろになった赤い外套。血染めの背中。それがあの弓兵と重なる。



 魔術師達が去る中、赤き弓兵が短刀を取り出す。
 狂戦士が剣を叩きつける。アーチャーは双刀で受け流そうとし、殺しきれない衝撃で弾き飛ばされる。

「口ほどにもないわね、アーチャー!!さあ、殺しなさいバーサーカー!潰して裂いてバラバラにしちゃいなさいよ!!」

 ヒステリックに喚くイリヤ。バーサーカーが砲弾のように駆け出し、アーチャーに肉薄する。
 アーチャーは双刀を投擲し、全力で回避行動をとる。干将・莫耶の投擲はバーサーカーにわずかばかりのダメージも与えられず、アーチャーが目論んでいた隙は生まれず、彼は剣圧の領域から離脱できなかった。
 赤い外套が引き裂かれ、弓兵の身体がボールのように抛られる。

「あははは、いいわよ、惨めねアーチャー!大見得きってその程度かしら!」

 少女は気付かなかった。宙を飛ぶアーチャーの口の端が笑みの形につりあがるのを。
 空中でアーチャーの体が回転し上下逆になり、バーサーカーと正面から向き合う。
 左手には黒い弓。右手には

I am(我が) the bone of(骨子は捩れ) my sword(狂う)

――偽・螺旋剣(カラドボルグ)

 螺旋の剣が大気を切り裂いて飛来する。ありとあらゆる物を巻き込み、回避不可能な真空の刃を突き立てる。
 着弾、バーサーカーの頭部が抉り散らされ、皮膚や血液や脳漿が飛ぶ。イリヤに飛んだ分は、彼女が展開した魔力障壁で防がれる。
 凍りつく少女の表情。驚愕と憤怒で染め上げられた顔が、怒りの炎で溶かされる。

「何やってるのよバーサーカー!!アーチャー如きに殺されているんじゃないわよ!とっとと蘇生して早くそいつを殺しちゃってよ!」

 床から上半身を起こし、バーサーカーを眺めるアーチャー。

「やれやれ、そう言えばそうだったな。ヘラクレスと言えば十二の試練。一回くらいでは滅びんか」

 肩をすくめるアーチャー。再度両手に短刀が出現する。
 狂戦士が咆哮を上げ、城が震える。




 瓦礫を量産しながら士郎が全身する。影狼は一体たりとも彼に届かない。

「■■■■■―――!!」

 回転する狂気が加速する。それでも士郎が捌ける限界に、影狼の数は迫りつつあり、限界より早く事態は変化した。
 影狼に重なるように、死徒の使い魔である狼が三体、士郎に迫る。
 死を掻い潜り使い魔が士郎に到達する。牙と爪が士郎に傷を作り使い魔はそのまま後退、戦闘範囲から離脱する。
 傷はごく浅く、既に士郎が負っている傷の方が余程深い。しかし、天秤を傾けるにはそれで充分であり、士郎の剣をかわす影狼が出始めた。
 士郎に届いた影狼がはちきれんばかりに膨れ上がった筋肉に歯を立て、彼の左手で毟り取られる。首をへし折られた影狼はアスファルトに叩きつけられ破裂した。
 それしか知らないと言わんばかりに斧剣を振り回し続ける。
 腕から飛び散る血液が街灯の灯りに照らされ紅い霧が士郎を覆い、男の全身を濡らす。
 士郎の頭部に飛び掛った影狼に頬の肉を削られながら、獣の首に士郎が食いつく。そのまま噛み砕き、影狼の頭部の下半分と肩までが潰れる。

「■…■■■■■ーーー!!」

 白い骨を覘かせ、士郎が咆哮する。



 瀑布のように叩きつけられる剣を間一髪で避け続けるアーチャー。その行為は余裕の現れではない。彼にはそれしかできない。セイバーのように打ち合う膂力も技術もない弓兵にはひたすら回避するしかない。
 それでも敏捷さでバーサーカーに劣る彼が余裕を持って回避することは不可能。単純なまでに繰り返される暴力の軌道を読み続け、後退し、反撃の機会を窺う。剣圧で身を削られ、傷を増やしながらもアーチャーはバーサーカーの攻撃を避け続ける。
 再度双剣を投擲、左右に投げ分けられた刀は弧を描き狂戦士に向かう。
 狙いは斧剣。ずらされた弧は剣の腹と先端に当たり爆発する、バーサーカーがわずかに慣性に引かれ、剣戟が遅れる。
 隙が生まれた。アーチャーは釘剣――騎兵が用いていたものを手にし、吹き抜けのテラスの手摺りに鎖を巻きつける。鎖を引き、跳ぶ弓兵。バーサーカーが脚を掴もうと手を伸ばし、空を切る。

「■■、■■――全工程完了(セット)、■、■■■■■」

 跳んだ先にある手摺りを蹴り、アーチャーがバーサーカーに跳ぶ。彼の手にはバーサーカーの斧剣と瓜二つの剣。

「え……」

 白い少女が信じられない、という声を出す。弓兵がなぜあんな剣を持っている?
 彼女の声がホールに響く頃には、二体のサーヴアントが交錯していた。
 八連撃の剣が閃き、音速を超えた剣の周囲に水蒸気が噴く。
 尽くが急所を穿つ剣を、狂戦士が迎え撃つ。
 一撃目、完璧なタイミングで剣を弾き返し火花が散る。弓兵の右腕が軋む。
 二撃目、返す刃で弓兵の剣を押し返す。無理な捩れが加わったアーチャーの肘に<ひびが入る。
 三撃目、盛大に火花を撒き散らし、二剣が一瞬拮抗するが、膂力で勝る狂戦士が押し勝つ。
 四撃目、全速で戻された剣の峰でアーチャーの剣が叩き返される。アーチャーの手首が砕かれる。
 五撃目、剣の刃同士が噛み、火花を上げながらアーチャーの剣がバーサーカーに迫るが、勢いが足りず鋼の肉体に弾かれる。
 六撃目、バーサーカーの剣の腹にアーチャーの剣が当たり、落雷の如き爆音が起こる。少女の体が音圧に震える。
 七撃目、バーサーカーが渾身の剣を叩き下ろし、アーチャーの一撃を防ぐ。弓兵の肩が割れる。
 そして八撃目、渾身の力で剣を振った反動でこの一撃だけは避けられないバーサーカーの腹に弓兵の剣が突き刺さり、肉と臓物を吹き飛ばす。
 腹に風穴を開けながら、生ける屍たるバーサーカーが斧剣を薙ぎ払う。
 狂戦士に刺さったまま抜けなくなった斧剣から手を離し、アーチャーが迎撃する。

「っ……! 『杯求めし騎士の剣(ペレスヴァル)』!!」

 真名を開放され、その力を顕現させる一振りの剣。
 斧剣と騎士の剣が激突し、白い光が二体を包む。
 狂戦士がその身を仰け反らせ、弓兵が壁まで吹き飛ばされる。
 アーチャーの右腕は肩から千切れ、傷口からは血が溢れる。
 バーサーカーの腹からは煙が上がり、傷の修復が始まる。右の一の腕は殆ど焼け落ち、皮一枚でかろうじて肘についている。

「なんなのよ……。なんなのよ貴方は。アーチャー、一体貴方何!? なんで弓兵がそんなに剣を持っているのよ!! ペレスヴァル!? じゃあ貴方は弓をもつ円卓の騎士、トリスタンだとでも言うの? ふざけないでよ、幾ら同じ円卓の騎士でも別人(パーシヴァル)の剣なんて持っている訳が無いし、そもそもヘラクレスと互角に斬りあう弓兵なんて聞いた事もないわよ!!」

 パニックを起こしたイリヤが喚き散らす。

「ふん、イリヤスフィール、そう喚くな。みっともないぞ」

 肩口を押さえ、アーチャーが立ち上がる。右半身を血でべったり染め、吹き飛んだときに折ったのか、左脚には力が入っていない。
 ようやく立っている状態のアーチャーを、バーサーカーが殴り飛ばし反対の壁まで彼を打ち飛ばす。

「な…何言っているのかしら!もう貴方に戦う力は残っていない。ここで負けよ、貴方の負け。そうよ、わたしのバーサーカーが負けるはずないもの!!」

 叫ぶイリヤにアーチャーが変わらず皮肉っぽい声を掛ける。

「だからうるさくするなと言うのだ、イリヤスフィール。君にはこれから見せるものをしっかりと見てもらわねばならん」
「? どういう意味よ。貴方がわたしにそんなこと要求するなんて」

 壁にもたれ掛かり立つアーチャーが片目を瞑り話し続ける。

「さてな。単なる気まぐれと思ってもらって構わない。君には少し止まっていてもらおう……『天の鎖(エルキドゥ)』」

 虚空から鎖が出現し、バーサーカーを絡め取る。

 ほつれた髪をかき上げ、アーチャーが直立する。
 一息置いて目を瞑り、彼の口が言霊を紡ぐ。

「――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)

Steel is my body(血潮は鉄で), and fire is my blood.(心は硝子)

I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗)
Unknown to Death.(ただの一度も敗走はなく)
Nor known to Life.(ただの一度も理解されない)

Have withstood pain (彼の者は常に独り) to create many weapons.(剣の丘で勝利に酔う)

Yet, those (故に、) hands will never hold anything.(生涯に意味はなく)

So as I pray,(その体は、)“unlimited blade works”(きっと剣で出来ていた)





(ダメ……やめて、シロウ)

 咆哮を上げ、影狼を蹴散らす士郎にイリヤは心の中で懇願していた。
 死徒との距離は確実に縮まっているが、このままでは先程の繰り返しになる。本来それに気付かない士郎ではないが、では何故自分を狂わせてまで愚直な前進を繰り返すのか。
 自分(イリヤ)を守るためである。
 己を盾にし、同時に敵を打ち倒す矛にするための戦術。彼一人なら幾らでも取れる方法があっただろう。
 無理を言って自分がついてきたから、士郎は苦境に立たされている。
 このままでは士郎は殺される。それだけではない。

 ギチリ。

 士郎の傷口から鋼がこすれ合う音がする。傷口から見えるのは刃。士郎の体から剣が生えている。

(いや、お願い、逃げて)

 この光景は、士郎の身体から剣が生える光景は見たことがある。
 見間違えようもない。あれは……。



 炎が奔る。外界になんら影響を及ぼさなかったその呪文は、撃鉄となる最後の文句が放たれた瞬間に効果を発揮し、それこそ地平の果てまで塗り替える。
 塗り替えられた世界は、一面の荒野だった。
 悠然と存在する荒野には生けるものは何一つ無く、ただ燃え盛る炎と降りしきる灰があり、その中には忘れ去られたように、墓標のように並ぶ鋼の亡骸。
 空間には巨大な歯車が回り、幻の世界に幻の音を響かせている。

 赤い騎士が、目を静かに開く。

「いくぞ狂戦士―――蘇生の準備は万端か」

 一陣の風が吹いた。

「現実を侵食して、己の心象世界を具現させるほとんど魔法クラスの大禁呪。――固有結界。アーチャー、貴方魔術師だったのね」

 イリヤが呆然と言う。
 術者の魂に刻まれた『世界図』をめくり返し、世界に自分の内なる世界を持ってくる禁忌。魔術の到達点の一つである、魔法に限りなく近い魔術。固有結界。
 それを弓兵の英霊がなぜ使えるのだろう。

「ホント、貴方一体何者よ」
「しがない弓兵だ。なに、生前は魔術師であったものの、キャスターではなくアーチャーとして召ばれる程度の半端者だ」
「半端者が、固有結界なんてつかえるのかしら」
「使える、というのは不正確だな。イリヤスフィール、私にはこれしか使えないのだ」
「………一芸特化の魔術使いってことなの……全く、なんてデタラメ」
「そのデタラメも捨てたものではないぞ、例えばここではこういうことが出来る」

 荒野に刺さっている剣が一本宙に浮く。アーチャーの左手が上げられ

紅き潮の重き剣(バドラズ)

 弾丸のように撃ち下ろされた剣が、鎖に絡め取られたままの巨人を貫く。左肩から股下までを貫かれたバーサーカーは三回目の死を迎える。

「っ…。やってくれるわねアーチャー。ふざけるのもいい加減にしなさい! …バーサーカー、『全力でその鎖を引きちぎりなさい』!!」

 令呪が発動し、狂戦士の筋肉が膨れ上がる。半神のヘラクレスでは破れるはずのない、神封じの鎖が軋む。わずかな時間を置いて最初の一本が弾け飛び、拘束がわずかに緩む。

「デタラメはそっちではないか。天の鎖を破られたらこちらとしては大弱りなのだがな。私はもう、ろくに動けないことだし」

 世界の中心で、弓兵が愚痴った。左手が傍らの太刀を抜く。

「いくぞ、『天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)』」

 帝の武力の象徴たる神剣が開放され、赤い世界に暴風雨が発生する。
 鍛冶神が鍛え、大蛇の尾から現れた神剣は、暴風雨の大蛇を纏い巨人に噛み付く。風を刃、水を弾とした一撃は、バーサーカーの左胸を食いちぎり、心臓を粉々に砕き、巨人に風穴を開けた。
 四回目の死を重ね着した蘇生魔術で打ち消し、バーサーカーは残った鎖を引きちぎる。

「■■■■■―――!!!」

 左腕で斧剣を掴み、突進するバーサーカー。アーチャーの迎撃は間に合わない。

「ちぃ! 『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』!!」

 七枚の花弁が出現し、バーサーカーの進路を阻むが

「無駄よ!」

 その無双の盾を、バーサーカーは飛び越えた。落下する巨躯は隕石の如く、下敷きになれば死は免れない。
 絶望を前にアーチャーは怯まず

「かかったな、『爛れ削ぐ炎天(レヴァーテイン)』! 跡形なく燃え尽きたらどうなるかね、大英雄!」

 炎の剣が振りぬかれ、爆炎が奔流となって大気を舐める。
 それを、バーサーカーはそれしか知らぬとばかりに斧剣で迎え撃つ。
 拮抗する炎と狂気。炎を繰り出す弓兵は血の汗を流し、狂気を振りまく戦士は紛れも無く血を焦がす。
 勝敗を決めたのは余力の差か、束の間、鉛色の岩塊と押し合った炎の洪水は切り開かれ、かろうじて狂戦士の脚を融解するに止まる。

「やはりデタラメじゃないか!」

 少しだけ素を覘かせて叫ぶ弓兵。

「これでも生き返るか!? 『女神殺しの鎌(ハルペー)』!」

 左手に、湾曲した剣を握り、蘇生を打ち消さんと鎌を振るう。落下する巨人に回避することは能わず、喉笛を深々と切り裂かれる。
 だが、神秘はより上位の神秘により打ち消される。不死系の能力を無効化する鎌を以ってしても、ヘラクレスにかけられた蘇生魔術を無効化することは出来ず、傷の回復を遅らせる程度だった。
 膝をつくアーチャー。彼に残された魔力は雀の涙にも及ばず、現界すら不可能なレベルの消耗であった。
 固有結界が消え行く中で、騎士は最後の剣を手にする。狂ったように震える膝を叱咤し、脚が溶けて動けない巨人を睨みつける。

「よく頑張ったけど、それが限界みたいね。じゃあ、もう死んじゃっていいよ」

 白い少女が死刑宣告を下し己の使い魔に刑の執行を命じる。死刑囚は着実に十三階段を上りながら、消え際の蝋燭を思わせる抵抗を試みる。

「何を言うんだイリヤ。オレはまだ戦えるぞ」

 思いがけない程の覇気を漂わせて、赤い騎士は左腕で剣を引き抜く。剣は、彼を担い手と認めたかのようにあっさりと抜けた。




 死徒が影の氷柱を発射する。音速で迫るそれを士郎は超音速で凌駕し、水蒸気爆発を伴う剣はついに最終目標に到達する。

「■■■■■■――――!!!!!」

 白く発光する士郎の眼球。
 死徒は既に狂剣の領空に入っている。

「私に下種の分際でここまで抵抗したからには、ただでは死なせんぞ! 『影』を改竄し、『剣』とする!」

 死徒の足元から剣が飛び出す。



 弓兵の手には黒い剣。持つもの全てに破滅をもたらす『破滅内包せし黒き結晶(ダンスレフ)』。
 破滅の呪いは瞬刻でアーチャーの魂を蝕み、彼にとっての“破滅”を具現する。
 英霊エミヤ。それが赤い騎士の真名である。その最期は無数の剣で串刺しになるものであった。
 彼が破滅するとき


 士郎は迫る剣に目もくれず死徒に斧剣を叩き込み
 本来抑えられているはずの固有結界は暴走し

 エミヤシロウの背中に剣が生えた。
 イリヤの記憶と現在がパズルのピースのように組み合わさり、二つの光景が完全に一致する。
 自らの剣で串刺しになった赤い騎士と、吸血鬼の剣で串刺しになった青年。
 すでに死した者の記憶が、今生きる者と符合する理由は単純。双方の辿る運命が同一ということ。
 即ち、この直後衛宮士郎は―――――
 少女は悲痛な絶叫を上げた。


 幻想を改竄するも、改竄する意思が間に合わず、砕ける一瞬前の剣に殴り飛ばされる死徒。

 破滅の運命と引き換えに刹那の全力を手にしたエミヤがヘラクレスに肉薄し、刃を槍のように突き出す。狙うは神剣により穿たれ、いまだ塞ぎきらない胸の穴――。

 全身に突き刺さった影の剣に構わず、士郎が死徒を拳で殴る。どれだけの魔力が、気迫が込められていたのか、腕に内側から刺さった剣を割り砕き破裂させ、小規模な爆発が起こる。
 死徒は橋の端まで吹き飛ばされ、士郎の瞳に理性の色が戻る。
 倒れこむ士郎。霧散した剣が開けた穴から血が流れ出す。

「かは、…ぐ……あああぁ!」

 激痛というのもおこがましい苦痛にうずくまる青年に、そこにいないはずの死徒の手が伸びる。

「まさかその脆い幻想で私を殺すとはな。契約を果たそう。貴様はただ殺しはしない。私の偉大さと己の愚かさに涙し風化しろ。――お前の『時間』を改竄する」

 途端
 士郎の一秒が零になった。
 時間が早い。とんでもなく早くてでもそれになんの疑問も感じなくて経過した時間に見合う時間が蓄積されていく。
 何も出来ない。
 ゴリゴリと早送りされる一生をただ眺める。
 自分は週末デッキの前に陣取り録画を見る。
 すぐに夕方になってテープは空回り。
 砂嵐の前で来週の予定が空白で―――。

 気がついたら一週間が経っていて、その頃にはもう還暦を迎えていた。
 それでも痴呆する頭で思い出す
 守らなきゃ。イ■ヤを助けなきゃ。
 火葬場で焼かれながら八節を紡ぐ。せめて    を無事に逃がせる剣を検索して投影する。
 埋葬された墓地が地震で埋もれる頃に剣が結ばれ、発掘された骨が漂白された時代にその剣を振るう。
 結界がどこにあるかは知らないが、こうやって振り回しながら進めば外に出られる。この剣は確かに全ての魔術を破戒するのだから。



 一人橋に佇み、死徒が破壊された橋を眺めつつごちる。

「まさかあの状況で逃げおおせるとはな。ホムンクルスの娘は糧にしようかと思ったが、逃げられたか。だがあの男、脆いとはいえあれは確かに神秘の再現。一体何者か」

 まだ魔術師だった頃の名残か、はたまた彼もまた探求者なのか、死徒が士郎の異常な魔術に興味を示す。だがそれもわずかな間。死徒はただただ餌を逃がしたことを悔やみつつ、新たな餌を探しに夜に消えた。



 弓兵が消える。六回目の殺害と引き換えにバーサーカーに臓腑を潰され、瓦礫に叩き込まれた状態で彼は消えうせた。
 ありえない戦いを目にし、イリヤは不機嫌そうに、どこか呆然として漏らした。

「―――信じられない。なんだったのよ、アイツ」

 イリヤが忌々しげに呟く。
 あの固有結界、剣の丘を覚えておけだ? それに一体どういう意味があるというのだろう……。




「お願い、目を開いてシロウ!」

 早朝、衛宮邸居間。ここまでイリヤを担いできた士郎は、力尽き倒れた。
 死んだような彼に、得意ではない治療魔術をほどこしながらイリヤは泣き叫んだ。
 わたしはバカだ。あのときにアーチャーはいつかシロウがこうなるのをわかっていたのに。
 わざわざ固有結界まで見せて、わたしに警告したというのに。
 わかっていて、わたしはシロウを助けられなかった。
 シロウを支える。彼が剣を携え戦うというのなら、自分が彼の鞘になろうと思っていたのに。
 剣は折れた。死徒の改竄を解呪しない限り、シロウは目覚めない。いや、解呪したところで、すでに彼の精神が壊れていたらどうしようもない。
 少女は祈った。祈る神なんざ持ち合わせてはいないが、このときばかりは祈った。シロウを助けるためなら、なんでもしますから。
 そして神の啓示か、はたまた悪魔の囁きか。
 少女は打開策を思いつく。
 シロウが死徒の固有結界の力に侵されているのなら、固有結界の大元を叩き潰せば良い。
 あの死徒が消えればシロウも助かるかもしれない。すでに改竄されたものが、改竄したものの消滅で元通りになる保証はない。
 だが試す価値はある。死徒の行う改竄は、世界の修正の対象になり得る。世界の理に反する改竄ならば、改竄した状態を保つには常に改竄し続けなければいけない可能性が高い。
 だったら死徒を倒せば改竄は消える。

(待ってなさい、丁寧に殺してあげるから)
 火がついた眼で、少女は拳を握り締めた。



†        †        †




 翌日夜。イリヤは教会の入り口に立っていた。百メートル以上先には教会の神父。彼の身体がどろりと溶け、その下から死徒が現れる。

「あちゃ、神父さんとっくに死んでたか」
「問おう、ホムンクルス。なぜここだと気付いた」
「何もしないからよ。シロウの記憶読んだんだけど、教会の人間があんなこと言うはずがない。死徒を目の敵にしている教会が、放って置くはずないもの」

 凛が教会に死徒の存在を報告したとき、神父は「教会は動かない」と言った。
 ありえないことを言う。それが疑いの呼び水となった。

「シロウも薄々ここだと気付いていたみたいだしね。使い魔を送ってみたら、案の定簡易な結界が張ってあるじゃないの。相変わらず巧妙なものだから気付きにくかったんだけど」
「ふむ、保険と思ったが余計だったか。それで、死徒が教会にいることに疑問を持たなかったのか?」
「前にこの教会で色々あってね。聖気の欠片もないでしょう、ここ」
「確かに、大分浄化されたようだが、瘴気が漂っている。これならばたとえクリスティアヌスであろうとも十字架を目にしたり触れたりしない限り平気だろうな」

 コトミネ、とんだ置き土産してくれたじゃないのよ。あんたのせいよう。

「それで? あの男のあだ討ちにでも来たか?」
「冗談。貴方をぶちのめしてシロウを元通りにしに来たのよ」
「ふ、確かに私の固有結界は顕現していなくとも改竄を保っていられるし、私を殺せば改竄はリセットされる。だが、どうやって私の固有結界を破る?」
「出来るのよね。それが。わたしの名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。アインツベルンって言えばわかるかしら?」
「なるほど、第三魔法のアインツベルンか。それならば魂に刻まれた世界たる固有結界の破壊方法もあるいは知っているか。なるほど面白い。ホムンクルスよ。せいぜいわたしを楽しませてみせろ」

 正直なところ、イリヤに固有結界の破壊方法なぞなかった。しばらく、せいぜい十秒間止めることならできる。
 力の流動の停止。それがイリヤの切り札だった。まずは力の流動をさんざん乱して相手がバテたところにこれを叩き込む。普通なら頭痛程度の攻撃でも、固有結界に直接叩き込めばそれなりに効くだろう。そこに停止の魔術を使う。これで固有結界の効果を止められる。その間に物理的、具体的には士郎が投影したまま放置していた剣で切り殺す。今回は隠し持てるアゾット剣を持ってきた。
 問題は、切り札の魔術の詠唱時間。ほとんど大魔術のそれの詠唱時間をどう稼ぐか、それが勝敗の分かれ目となる。

「そうそう、私はまだ名乗っていなかったな。下種とはいえ、魔法に辿りついた貴族の家系にくらいは名乗るべきか」

 そう言い。死徒は名乗る。

「私が人間だったときのの名前は、ヴラド・ツェペシュ。ワラキア公ヴラド・ツェペシュだ。貴様らにはドラキュラ伯爵と言ったほうがわかり易いか?」




後書き
というわけで第五話でした。
死徒さんの名前公開。ドラキュラさんでした。
いや、資料漁っているときは心臓止まりかけました。
ワラキア?ヴラド!?なんですと!?
まあワラキアは地名だしタタリもヴラドもフルネーム違うから多分問題ないでしょう。ビクビク。←メルブラ未経験。
一応断り書き。第八位さんも第十三位さんもウチの死徒さんとは無関係です。

改竄の扱い、というか固有結界が顕現していなくても効果は続行するか、ですが、『無限の剣製』が、顕現していない時でも効果発揮しているんで問題無しと判断。顕現していなくても投影できていますから。

にしても教会での対峙シーン書いてて思ったこと。門(?)から教会まで遠すぎだろ。
ランサーが後退した距離考えると間違いなく百メートル以上あるんですが。

次回はドラキュラもといツェペシュのバックボーン話。史実を素敵にひん曲げていきます。

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