「あら、ご丁寧にどうも。それで、丁寧ついでに死んでもらない?」
「笑止。貴様は私の食料となれ」

 ドラキュラが呪文を唱える。昨晩と同じ、影の狼を作り出す魔術。

Lupus speculum(基点より七十枚合わせ、)septuaginta(鏡像の影を実体となす)――Perspiro colonia(黒き灰汁の獣)

 影狼が出現し、その全てがイリヤに殺到する。イリヤは避けない。獣の咆哮の中で朗々と呪を紡ぐ。

――Ein Strom wird geschlossen und gestockt.(水の流れは塞き止められ澱む)

 瞬く間に彼我の距離は縮み、回避が困難な距離になってもイリヤは詠唱をやめない。

「―――、―――.」

 影狼が凶悪な顎に少女を飲み込もうとし――

Es ist groß(重圧),es ist Gegenteil(反転)…………!

 瞬時にイリヤの周囲に反重力場が発生し、近づいた影狼が竜巻に巻き込まれたガラクタのように空中に放り出される。
 影狼がカーテンのようにイリヤとドラキュラの視線を遮る。そして、一瞬だけ隙間が出来て、ドラキュラからイリヤの顔が見えるようになった。
 イリヤとドラキュラの目が合う。
 少女の口は、微かだが笑みの形に歪められていた。
 笑みを侮辱と解釈した吸血鬼の脳が沸騰する。

「……小娘がぁっ!!」

 激怒したドラキュラはさらに影狼を作り、使役する。
 影狼が作り出されたのとほぼ同時にイリヤが魔力で強化された身体で地面を蹴る。

Es ist groß(重圧),es ist vertikal(垂直)

 イリヤが弾丸となって射出される。重力を操作し、垂直方向に力を働かせることで作った即席の人間カタパルト。
 速度は発射と同時に最高に達し、数秒立たず両者の距離をゼロにするだろう。

「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ぁ!!」

 軌道上に存在する影狼を恫喝し、イリヤはその身に蔵する莫大な魔力を放出。魔力で構成された影狼は強風に吹かれたように道をあける。
 余計な感情は全てシャットアウト。ただ眼前の敵の滅殺にのみ集中する。
 殺人人形と化すのは五年ぶりか。あの頃は何も知らず、祖父に指示されたままに他のマスターを殺していた。
 今は違う。この殺意は自分の内から湧き出たものだ。
 風を纏い突き進む姿は、小型の台風か。その台風の目の中でイリヤは詠唱を続ける。

――Ich wachte in dem winterlichen Nacht auf.(冬の夜中に目が覚める)

 少女の身体に巻きつくように魔力で構成された紋様が、刻印が、文字が具現しほのかに銀色に輝く。
 さながら蛍火の如き光を引き連れ、イリヤはドラキュラに肉薄する。
 アゾット剣を抜き、腰溜めに構える。

「Iaeßt!!」

 蓄積され、増幅された魔力、純粋にエネルギーとしての魔力が開放される。

「無駄だ! 『魔力』を改竄し無効化する!」

 イリヤが突き出す剣を、左手で触れ改竄しようとするドラキュラ。
 対してイリヤは一つ目の策を展開する。

Pausen,(変化) zuenden(開始)

 強化の上位魔術である“変化”。用途としては、例えば剣に発火能力を付加したり、この場合は剣に凍結能力を付加したりする。
 剣から放出された魔力が、剣の能力に従って氷点下百度超の冷気になる。
 ドラキュラが改竄しようとしたのは、『魔力』。『冷気』ではない。
 よって改竄する対象の変更が間に合わず、冷気に飲み込まれた吸血鬼の左半身は霜が降り真っ白となり、芯まで凍りつく。
 腕が凍りつく激痛に呻く死徒。

「ぐぁ、ああああっ! きさ、……この…下種がぁ!!」
「うるさいわね、次いくよ」

 少女が迅速に二つ目の策を展開する。

Frieren(凍結) loesen(解除)――“Sie gefieren bis den Seele(流れ止まる愚者の魂)”!!

 イリヤに巻きついていた銀色の光がほどけ、簡易的な魔法陣を構成する。
 魔術の内容は力の流動の停止。
 小源は川の流れが凍りついたように動かなくなり、大源は取り込まれても術者の体内を巡ることはなく、わずかの時間の間、魔術の行使を封じる。
 イリヤが唯一抱いていた不安はこの魔術の格負け。固有結界がこの魔術より上位の神秘であった場合は通用しなかったはずだった。
 だが、瞬間契約に近い長さの詠唱と、魔力で即席で編んだ魔法陣を用いた簡易式儀式魔術は、どうやら固有結界を上回ることが出来た様子。
 効果時間は推定十秒。この間にドラキュラを倒す。
 すでにただの剣となったアゾット剣に無茶苦茶に魔力を流し込み、死徒の心臓目掛けて突き出す。今ならこいつを倒せるはずである。
 電光石火の速さで突き出された刃はしかし、死徒の右手で掴まれた。

「え?」
「甘いな、小娘。確かにお前の立てた策は見事だった。防御、そして固有結界の妨害。そのどれもが並みの腕では実現不可能なバランスを保ち、切り札として用いた魔術は、おそらくアインツベルンの中でも使える者は過去にもお前以外に十人いたかどうか。
 だが悲しいかな。貴様自身は決定的に弱い。実戦経験は言うに及ばず、身体能力は本来は常人並みかやや下回る程度、戦闘技術は多少あるようだが、せいぜい護身術レベル。それでは人間が吸血鬼を倒すことなどできんぞ。
 現にお前は、私が話している間に剣から手を離し後退する、という考えが浮かばない様子。これで本当に勝てると思っていたのか?」

 言い放ち、ドラキュラがイリヤの腹部を蹴り飛ばす。軽く五メートルは飛ばされたイリヤが地面を転がる。
 内臓が引き攣り、横隔膜が痙攣し、腹筋が分解したかのような感覚。
 うずくまるイリヤ。死徒の蹴りは衝撃で少女の呼吸を封じ。激痛で思考を封じた。それで終わり。切り札の魔術も途切れ、イリヤは完全に手詰まり。

「はぁ………っ…は、…く………ん」
「そして一撃で行動不能。興ざめだ。遊びは終わりだ、小娘。糧となれ」

 ドラキュラがイリヤの胸倉を掴み、引き寄せる。
 ほつれた銀髪が垂れ、呼吸が乱れ汗ばんだ顔が露わになる。
 苦痛に眉は(ひそ)められ、口からは荒いが弱々しい息が漏れる。
 吸血鬼がイリヤの肩を鷲掴みにし、抱き寄せる。鋭い爪が少女の細い肩に食い込み血がにじむ。

「や……あ」

 痛みからか、イリヤの口から声が漏れるが、ドラキュラはそのような事など気にも留めない。
 顎が上がり、新雪の白さを持つ喉がむき出しになり、そこに吸血鬼の牙が近づく。熱く湿った息がこぼれ、初夏にも関わらず息は白くなる。
 イリヤが抵抗し、身をよじる。だがあまりにも微かな抵抗は、吸血鬼の行動を妨げることなど到底できない。
 死徒の赤く長い舌が、少女の肌を弄る。ざらつく感触に身をよじるイリヤ。
 吸血鬼の牙が突き立てられ、皮膚が破られるそのとき、ドラキュラの動きが止まる。
 身体を引き、胸元を見やる。そこには白木の杭が刺さっていた。

「はあ、はぁ……。どう? 三番目の策よ」

 息をつくイリヤ。

「なるほど、白木の杭を胸に刺された吸血鬼は滅びる。それは既に呪いに近いものがある。刺す瞬間に改竄させなければあるいは、という訳か。だが無駄な足掻きだな」

 ドラキュラは杭を抜き捨てる。マントをめくり、イリヤに傷口を見せる死徒。痕はただの空洞で、確かに心臓は破壊されていた。ぐずぐずに爛れた痕はたとえ死徒でも致命傷たりうる。が、

「残念だな。私はこの死は過去に改竄したことがあるのだよ」

 そう、虚ろな目で言った。





 十五世紀、ヴラド・ツェペシュはこの世に生を受けた。
 彼の家は表向き、騎士の家系であった。
 その実体は根源を目指す魔術師の一族。
 名門というには程遠いその一族は、常に人間に与えられた時間の少なさに嘆いていた。
 もっと一人に与えられた時間が長ければ、いっそのこと永遠であるのならあるいは根源にたどり着くことも出来るのではないか。
 あるとき、ある当主がある秘儀を作り出そうとした。
 それは死徒化の秘儀。
 人間を、不完全とはいえ不老不死にするための魔術は、一族以外の誰にも知らされずに研究が続けられた。
 結論から言うと、その研究は失敗であった。
 当主が死んだとき秘儀はせいぜい一割しか完成しておらず、また彼の理論は複雑かつ彼しか判らない暗号で書かれていたため、子孫が研究を引き継ぐことは不可能であった。
 そうして失意の中、一族は騎士を続けながら細々と根源を目指し続けた。
 ツェペシュの父がワラキア公となった頃、幼いツェペシュに異変が起こった。
 ある朝の事だ。幼児は朝食の最中に何か呟き始めた。
 父、ドラクルがいぶかしんでいると、おもむろにミルクが入ったグラスを手に取った。
 途端にミルクが燃え上がった。
 驚いたツェペシュがグラスを取り落とす。砕けたグラスから液体が飛び散り、その液体の臭いが食堂中に広がる。

(これは、油の臭い!?)

 ドラクルは従者に命じて火を消させる。
 驚き放心している息子を視界の端に収めながら、グラスの破片を手に取る。そこからは間違いなく油の臭いがした。
 それ以外に、魔力の残滓を感じた。息子のツェペシュは次男。長男に跡を継がせるつもりだったドラクルは彼に魔術の存在すら教えていない。
 だが、彼は間違いなく魔術を行使していた。
 それからドラクルによる検査が行われた。
 数週間にも及ぶ検査の結果、驚くべき事実が明かされた。
 固有結界の保持。ツェペシュは固有結界の行使が可能だった。能力はおそらく事実の改竄。展開範囲は極狭く、外部から視覚で展開を確認することはできないが、魔術的検査の結果は固有結界の存在を示していた。

 それから、ツェペシュはめきめきと頭角を現していった。
 元々の属性に合った影の魔術は、己の分身を作る事が可能となり、固有結界の扱いは、大抵の意識したものを一瞬で思い通りに改竄できるところまでいった。それに応じて見極めの能力も向上し、ものの構造や理念といった存在に関する情報を素早く、正確に読み取ることができるようになっていた。
 ある日、彼は地下の書庫に立ち入った。父に魔術の腕を認められ、書庫への立ち入りを許可されたからだった。
 来る日も来る日も書物を読み漁った。先祖が残した魔術の数々を、彼は乾いた砂が水を吸い込むような勢いで吸収していった。
 ならばその出会いは必然だったのかもしれない。
 ある時、埃が積もった書物を見つけた。それは、かつての魔術師が遺した死徒化の秘儀の原型。誰にも読めないはずの暗号を、数ヶ月でツェペシュは解読した。
 構築された理論を理解し、死徒化の秘儀を完成させようとする。そのとき若干十二歳。ドラクルも誰も、少年に秘められたポテンシャルに完全に気づくことは無かった。
 本人以外の誰も気付かず、秘儀は着々と完成に近づいていた。
 だが、研究は中断を余儀なくされる。ツェペシュは弟と共にオスマン・トルコの人質となったのだ。
 人質の身では魔術研究などできるはずもなく、ツェペシュは悶々とした日々を過ごす。
 子供の情熱と大人の知識を併せ持った彼は、ただ頭の中で理論構築を続けた。
 数年後、父と兄が暗殺され、解放されたツェペシュは第三代ワラキア公の座に就くが、すぐに戦に破れ亡命する。
 身を潜めながら、秘儀の研究を一旦休止し、影の魔術の研鑽に努めた。狼数体を基に使い魔を作り、彼らを使った戦い方を構築した。
 そして二十五歳のとき、かつての領地に攻め入り再度ワラキアを統治する。
 その際に無数の影狼を使役し、夜の闇に乗じて敵軍の兵を血祭りに上げた。

 二十八歳のとき、オスマン・トルコへの貢納を拒否したため、戦が起こる。
 最初の戦の時、ツェペシュは捕らえていた使者を串刺しにし、街道に放置した。
 恐れをなしたオスマン・トルコ軍は撤退し、その間にツェペシュは兵を揃えその後数回の戦いに勝利する。
 何回かの戦いの後、オスマン・トルコに唆された弟と、弟に賛同する貴族達がツェペシュを追い落とそうとした。
 弟の軍勢が城に迫る。

「ツェペシュ様、このままでは明日にも城が落ちます! 今夜のうちにお逃げください!」

 家臣が忠告する。ツェペシュは頭を抑えたまま動かない。
 ここで死ぬわけには行かなかった。領主の激務の間に続けた研究は間もなく完成する。そうすれば自分は悠久の時間を手に入れるのだ。富みと権力に目が眩んだ、魔術のまの字も知らない弟などに捕まるわけには行かない。
 最後の抵抗の用意をする家臣達を尻目に、魔術師は自分の工房に入っていった。

 夜の帳が降り、草木が眠る頃、ツェペシュは死徒化の秘儀を完成させた。
 生き延びるため、最後の希望を秘儀に託し、人間を捨てた。



反ツェペシュ軍、陣地。

 兵は眠りにつき、見張りが闇討ちに備えて監視を続けている。

「お疲れー、何か変わったことあるかー?」
「いんやなんも無いよ。明日はいよいよ決戦だ。根詰めすぎるなよ」
「ああ……。ん、何だ? 狼の鳴き声がしないか?」
「どれどれ……本当だ。しかも結構多そうだな。何だろう」
「狼の群れでもいるんだろう。念のため警備を強化おくよう言ってくるわ」
「頼む。……そう言えばお前聞いた事があるか? 今のワラキア公にまつわるこんな噂を」
「? なんだ」
「あいつさ、ワラキア公の地位を奪回するときによ、狼の群れを使って敵を殺しまくったらしいぜ」
「んなバカな。どうやって狼なんか手なずけるっていうんだよ」
「そりゃそうなんだが、ほら現に狼が近づいている」
「うわマジだよ。俺早いとこ知らせてくる」

 そういい、兵士が駆けて行こうとしたとき、陣地のすぐ横から狼の群れの咆哮が聞えた。

「うわわわ、ヤベェ! 皆起きろ! 狼だ!!」

 慌てた兵士達が手に武器を持ち、テントから外に出てくる。
 彼らは、赤い狼を見た。赤い、真っ赤な闇で出来た狼の群れを。

「なんだ、こいつら!」

 弓が放たれ、狼が次々と霧散していく。

「こいつらマトモな生き物じゃねぇ! 悪魔かなんかの類だ!!」

 兵士達が次々と狼と戦い始める。そんな中、陣営全体に声が響いた。

「――Obtero lutulentus teneo obdo.(
意図を用いて書き換えよ)

Teratoma exanima eviscero(卵の殻を画布となし),
obsequens adenoma februarius(虚ろの血を絵具とせよ)


 兵士達は狼の群れと戦いながら、その声を意識する。山彦のように遠くから聞えるようにも、頭の中に直接響くようにも聞える。

Tri tri tri, regimentum interrogo.(三つ巴の元素は私の手元に)
Decoloro niger lux plumbum hydrochous.(赤青緑、黒白無色)
Auraria denarius zona caedo volvox xanthos(金銀銅から紅玉青玉金剛)


「おい、これってワラキア公の声じゃねぇのか!」
「だったらなんだって言うんだ。こんな時にあいつ一人に構うな!
 ぼけっとしてると食い殺されるぞ!」

 兵士達は声を気味悪く思いながら、目の前の狼を倒すことに集中しようとする。
 一人、また一人と兵士が食い殺されるが、狼が減るスピードの方が速い。どうにかなるという希望が陣営に生まれる。

Invitabilis prospicientia semestris terricrepus cenotaphium.(止め処無き意図を用いて作り変えよ)

   Ejulatus falsijurius bucco supinatio.(書き換え塗り替え削り変え焼き直せ)


 声は近くなり、遠くなりながら陣地に近づく。あらかたの狼が倒された陣地の中に、ツェペシュが姿を現す。
 マントに身を包み、ただ優雅に歩む男の瞳は、暗く光っていた。
 愉悦に口が歪み、鋭い牙が顔をのぞかせる。彼の表情は物語っていた。餌がたくさんある、と。
 兵士達がツェペシュに近づく。

「おい、お前! 降参しにきたのか?」






Dimoveo dissonantia,(収束発動)
――“Suspendium ovatio(縛鎖の発祥地)”」








 ドラキュラが兵士の頭を鷲掴みにする。すると、兵士の頭がリンゴの果実になった。その兵士を殴り捨てると、傍にいた兵士を縦に引き裂いた。
 鮮血を浴びながらそれをすするドラキュラ。彼の爪は鋭く尖り、ナイフの如し。

「き、ワラキア公!!」

 怒号を上げ兵士達が殺到する。
 彼らを引き裂き、叩き潰し、噛み砕きながら食事を続けた。兵士達の武器はドラキュラの肉体に傷をつけること叶わず、次々と折れていく。

「な、化け物がぁっ!」
「五月蝿いぞ、下種。私の食事を邪魔するな」

 ドラキュラが軽く兵士を撫でる。兵士は石像になった。

「ば、化け物だ、逃げろ!」

 恐慌に陥った兵士達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
 全身を血に染めたドラキュラが後を追う。

「餌が一人前に逃げるな」

 彼の身体から数体の使い魔たる狼が現れ、兵士達を食い散らかす。

 狂った宴は夜が明ける直前まで続いたという。
 宴が終わる頃、ドラキュラは何故自分が死徒化したのかを忘れていた。
 否、元々彼は死徒化の秘儀を完成させることを目標としていた。元々は根源に至るための手段として考案された秘儀は、彼にとって目標となってしまった。
 だから、今のドラキュラには目的などない。本能に従い自己の維持のために殺戮を続けるのみ。力を手に入れ、人間を餌と見下し……。



 反ツェペシュ軍の全滅と、ツェペシュの失踪は直ちに知れ渡った。
 陣地に残された痕跡から、教会は軍の全滅を死徒によるものと断定。状況から死徒をドラキュラと判断した。
 代行者が速やかに掃討作戦を展開、数日経たずにドラキュラを発見する。
 しかし、発見の早さは教会にとっても誤算であった。まだ上位の代行者は到着しておらず、ドラキュラ掃討の任を授かったのは若い代行者五人。

 彼らは疾く、死地に赴いた。


 ドラキュラは森の中に開けた空き地へと駆け込む。

(馬鹿な。あの程度の代行者になぜ私が押されなくてはいかんのだ)

 その身体には傷ひとつない。傷は全て復元呪詛もしくは固有結界が治している。
 それでも着衣は穴が開き、斬られ、魔力は減りに減っていた。

(第一、なぜあいつらは死なん!)

 代行者達がドラキュラに遅れをとっているのは誰の目にも明らかだった。死徒化し、固有結界の長時間展開が可能となった彼がこの程度の相手に苦戦するはずはなかった。
 事実、彼はすでに数回、彼らに致命傷を与えている。
 二人の代行者が森から飛び出す。一人には両腕がなく、もう一人は目が潰れ、頭蓋骨が陥没している。それ以外にも深い傷は数知れない。

「死徒ドラキュラ、貴様を滅ぼす!」
「死徒を滅ぼすのが我らの使命、任を果たすまでは決して倒れはしない!」
「異端は尽く滅びよ!!」
「我らが守るはただ主の御名のみ!」

 代行者がドラキュラを挟み撃ちにする。

「私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す!」

 直接攻撃ではドラキュラを倒せないと悟った彼らは、魂を昇華することでの殲滅を試みる。

「装うなかれ!」

 ドラキュラから一定距離を取り、死徒を挟んで二人の代行者、合計三人が並走する。

「「許しはここに。受肉した私が誓う!!」」

 代行者はベクトルを九十度変え、ドラキュラに迫る。死した肉体を外法で以って生かす魂を浄化せん、と。

「「この魂に憐れ(キリエ・エレイ)……」」
「させるかぁ!」

 影から剣を抜き、代行者の頭を衝き砕く。
 血の噴水が二つ出来上がり、すぐに壊れた。
 残り三人の代行者が続く。この三人も複数の致命傷を負っている。二人が最後の黒鍵を投擲する。
 この黒鍵も芯が折れている。それでも幾度ドラキュラの影狼を切り伏せただろう。
 鉄甲作用など身につけてもいない若い代行者の黒鍵をドラキュラはある物を砕き、ある物はよける。
 外れた黒鍵は地を穿つ。死に体の人間が投げた剣は、確かに必殺の威力を宿している。
 代行者が二人、ドラキュラにしがみ付く

「『人体』を改竄する。燃え尽きろ下種がぁっ」

 代行者の身体が炎に包まれる。だが彼らは離さない。バランスを崩したドラキュラは倒れこむ。
 最後の一人がドラキュラに馬乗りになる。

「『心臓』を改竄し、潰すっ」

 ドラキュラが代行者の胸に手を伸ばす。改竄は迅速に行われ、代行者の心臓はつぶれる。だが、ドラキュラは同時にある事実に気付く。この代行者の心臓はとうに動きを止めている。
 それでも代行者はその手に握られた白木の杭を振り上げる。

「なぜ貴様は動ける! すでに死んでいる体でなぜ。なぜそうまでして戦える!」
「それが我らの使命だからだ!」

 杭は的確にドラキュラの心臓を貫いた。
 ドラキュラの意識が闇に落ちた。



 ドラキュラが目を開く。彼は生きていた。身体を起こすドラキュラ。その体にはもう微塵の力も残っていない。
 胸から杭が落ちる。彼は白木の杭による死も改竄した。だが、代償は大きかった。その後彼は眠りにつき、教会は事実関係を書き換え、今に伝わる串刺し公の話をでっち上げた。
 ドラキュラの体が入った棺は、教会の目を逃れて珍しい物好きの魔術師の手を転々としたが、第一次・第二次大戦の戦火の中で行方知れずとなった。
 そして今、目覚めた吸血鬼は極東の地にいる。






 策は尽きた。
 牙に込められた力がイリヤの肌の限界を超える。白い肌にぷくっと赤い血が玉になる。それを舐めとり、ドラキュラはさらに牙を突き立てようとする。そのとき

「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)』」

 飛来した槍がドラキュラの心臓を貫く。反射的に死を改竄する彼を何者かが蹴り飛ばす。

「何奴!?」

 ドラキュラが飛び退き、空中に浮かび上がる。
 さっきまでドラキュラがいた場所には一人の青年が立っていた。
 長身で筋肉質な肉体はそのままに。
 昨日まで赤かった髪は白く朽ち。
 鳶色の瞳は別人のようで。
 幾らか日に焼けていた肌は、今は褐色に染まり。
 身に纏うはぼろぼろの赤い外套だった。
 かつての弓兵と同じ外見に成り果てた青年はしかし、背後の少女を振り返り

「お待たせ、イリヤ。遅くなってゴメン」

 以前のままの、人の良い笑みを浮かべた。




後書き
詠唱多すぎだー。

というわけで第六話でした。
あまりに詠唱が多く、イリヤの詠唱を削ったりもしましたが、やっぱ多い。しかも人名も随分多い気がする。
イリヤの詠唱と言えば、アインツベルンの魔術書から覚えたものと、凛に教わったものと、士郎のをパクったのをはっきり区別しました。うわー、なんか節操ねえ。
詠唱ネタでもうひとつ。イリヤが使った流動停止、つまるところのマジックキャンセラ・マジックですが、本来はかなり長いです。最低条件固有結界の詠唱(シロウs準拠ですが)より長くして神秘の格上げないとな〜と思い。
数えてみたらキリエ・エレイソンも固有結界の詠唱より長いので、改竄できるかどうか確信が持てず、ごまかしました。

今回、もう少し吸血シーンを濃く長くしたかったのですが、一回書いてみたら妙にエロくなったのでカット。むふー。

次回は少し時間を巻き戻して士郎サイドのお話を。あの人がようやく登場します。

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