幕は上がった。
 地平を紅蓮の炎が走り、溶かし込み、世界を塗り替える。

 幕はあがった。
 終幕の幕が。



 熱を持たない虚ろの炎が音を立てて死徒に迫る。
 境界線は死徒――彼が展開する固有結界――すら飲み込もうとし、はじき返された。

 炎は死徒の周囲を取り囲むが、そこから先に進むことはなく、徐々に火勢は弱まる。

 炎を放った男が片膝をつき、吐血する。世界の展開を妨害された反動か、その血には鋼が交ざっている。

「身の程を知ったか。人間」

 死徒が口を開く。

「まさか、固有結界をつかうとは。一日というこの短期間に習得したことは褒めてやる。だがな、私とお前とでは魔術回路の数が違う。出力が違う。練度も何もかも、匹敵するものは何一つとして在り得ない! 小娘とパスを繋ぎ、魔力量を補った所で私の世界を塗り返すことができるとでも思うたか、この下種めが! やはり貴様は殺すだけでは飽きたらん。考えうる最高の苦痛を与えた上で首だけ残し、永遠にぶらさげてやるわ!!」

 死徒が傍らの剣を握りつぶす。

「…………………せぇ…………」
「そうして思い知れ! 己が身の愚かさを! 下賎が私に楯突いた事を後悔し、懺悔し、泣いてわびろ!」
「…………ろ……」
「何をぶつぶつと呟いている! さあ立て。調教の始まりだ!」
「黙ってろ! うるせぇって言ってんだ!」

 死徒の周囲を除いて展開が終了していた世界で、ドラキュラの左右から迫るものがあった。
 弧を描いて飛来するそれを、異なる世界の支配者が砕く。
 続いて黄金の模倣剣の爆発を障壁で防ぐ。

「まだだ!」

 今度は前後左右。飛翔して死徒が回避する。
 追撃は前後左右上下。

 士郎が繰り出すのはチャクラム。古代インドで用いられていた投擲武器。
 六方向からの攻撃を防がれたが、なおも追撃を緩めない。
 前後左右上下、加えて右肩左肩右脚左脚付け根を目掛け、合計五対、十個の輪が回転音を上げて敵を斬殺せんと唸る。

「これが通用するとでも思ったか!」

 輪剣は全く効果を上げずに砕け散る。だがそれは布石。次なる手は――

「『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)』! 連撃・合計十一本(バレル・オープン・イレヴン)!」

 果たして、一本で二桁の人間を死滅させる呪いの槍が十一本、鏃を撒き散らしながら唯一の敵を壊滅せんと飛び交う。

連続掃射(ファイア)!」

 朱の槍が目標に到達する前に次弾が発射される。
 それらは残らず死徒に着弾し、残らず砕かれた。

(何故、何度退けられても歯向かう!!)

――それが我らの使命だからだ!!

「ええい、下種が咆えるかぁ!!」

 砕かれた鋼が降り注ぎ、地面に散る前に消える。
 白い大地――朝焼けの空は澄み渡り、灰の代わりに冷たくない雪が降りしきり、新雪が薄く積もった大地には無数の剣が立っている。
 剣の墓標。例えるならそこは剣の墓場だった。
 担い手を失い、役目を終え、後は朽ちていくだけの鉄達が――まだかまだかと抜剣の時を待ちわびている。
 自分はまだ戦える。さあ抜け。この身は担い手に仇なす者を殺す鉄。力が必要なら自分を抜け。
 その中心で、男が立ち上がった。足元の雪を血で濡らし、目は獲物を狙う鷹。
 背後には巨大な鎚が稼動していた。
 境界の炎を炉とし、鎚が鉄を鍛え、地面に突き刺さり雪が冷やす。
 輪転する製鉄所に休みはなく、無限の剣を生産し続ける。
 無限の剣。
 その世界に(そび)える剣は十や二十では足りず、百には未だ及ばない。
 かつて、赤い騎士が酷似した世界を展開したときは、千に迫る剣が存在した。
 今は百。だがそれで充足。一つで足りぬなら複数用意すればいい。常に造り続けるのなら尽きることはなく、それを無限と言わずしてなんと言おう。
 その世界の名は『無限の剣製』。

 その世界の中で異端となり、異なる世界を生み出す存在がある。
 死徒・ドラキュラ。身が及ぶ範囲にしか展開されないその世界はあまりに狭小で、しかしその世界に存在するありとあらゆるものを束縛する。
 絡めとられたものは支配者に従うしか選択肢はない。彼こそが支配の根元である。
 その世界の名は『縛鎖の発祥地』。

 双つの世界が、己以外の世界を否定しようとせめぎ合う。
 改竄の支配者は地に降り赤黒い狼を解き放ち、鍛剣の魔術使いは雨霰と剣を降らせる。


Ein Strom wird geschlossen und gestockt.(水の流れは塞き止められ澱む)




 地を蹴る魔術使いに影の剣が伸びる。墓標が拮抗し防ぎきり、刃を以って道を切り拓く。
 瞬刻、死徒に肉薄した魔術使いは岩剣を両手に抜き放つ。八撃の死を従え、魔の殲滅とする攻撃を死徒は全て改竄し、砕く。
 八撃目が放たれた瞬間には、魔術使いの片手には太陽の光を頂く剣が握られていた。
 その時点で改竄されていたのは七撃目まで。八撃目を改竄すれば、間違いなく太陽剣は死徒の身体を貫く。
 死徒は八撃目を改竄し、反射した。ベクトルを百八十度改竄された衝撃が魔術使いに襲い掛かり、太陽剣が纏めて打ち抜く。死徒は右半身を殲滅される。


Eine Alge waechst, ein Atem haelt an.(藻が生え濁り息は詰まる)




 新たな剣を抜こうとする男の腹に狼が喰らいつく。魔力で構成された贋作ではなく、死徒と契約を交わした獣。
 刹那の内に十を数える影狼が男に群がり、三連の軌跡に切り刻まれる。
 銀の残光を残し、長刀が閃く。両手を柄に添え、魔術使いが刀を垂らす。


Zerreissen Rinder, Schweine, und Huehner.(牛裂き豚裂き鳥を裂き)

Ich streue die Eingeweide in einem Nebel aus.(ばら撒く臓物五里霧中)

Stueck fuer Stueck, zerlegen all.(ばらした肉片ただの肉)




 死徒の影から獣が、氷柱が、剣が放たれ、魔術使いが華麗な捌きで斬刑に処す。
 死徒が咆哮する。曰く、使い魔を改竄する、と。
 狼の身体が膨れ上がる。身体のそこ等彼処から刃が生え、体毛の一本一本が針となり、わずかな間に小山ほどの大きさになった狼が飛び掛る。


Ich haeufe einen Bauklotz im Gespraech aus.(積み木を合わせて午睡の遊戯)




 魔術使いはそれに背を向け、構える。血液に染まった唇が動く。秘剣――燕返し。
 銀光が再度閃き、ほぼ同時に三連の刃が空間を駆け抜けた。
 牙を全て切り捨てられ、眉間に刀を食い込ませた狼が、男を押し倒す。体毛が男の皮膚を貫き、鮮血が噴く。
 魔法の再現は叶わず、二の太刀・三の太刀が遅れる。そのため、三の太刀は浅かった。
 目を見開き、男が苦痛に絶叫する。絶叫に呼応するように、黄金の勝利を義務付けられた剣が義務を履行すべく狼の全身を粉砕する。


Schlummern. Mutter lest das Bilderbuch.(まどろみ夕陽に母さん絵本)

Eine Maedchen glucksen, vergesst den Geschichte.(けたけた笑い、話は不明)




 義務を果たせば権利が伴う。反撃の権利(チャンス)が。
 剣の大軍が死徒に飛来する。残らず砕く死徒の死角を縫うように再生否定の鎌が迫り、時を同じくしてさらに大量の模倣剣が唸る。
 光を撒き散らす剣の影に隠れるに、同数の太陽剣が発射される。
 それらすら砕きぬいた死徒に、魔術使いがこの世界の中で一度に扱える最高の剣数である大地に立つ全ての剣――それにわずか一だけ及ばない数の剣が敵目掛けて掃射される。
 吐血し喀血しながら魔術使いが剣を操る。
 まさしく最終兵器。改竄の達成を困難と判断した死徒が飛翔するが、全て鋼は軌道を変え、死徒に迫る。
 ならば改竄できるだけ改竄する。死徒が固有結界の出力を上げたとき、魔術使いの声が聞えた。
 ほんの呟きでしかないその声は、魔力を伴い空間に響き渡る。それはこう言っていた。
 “壊れた幻想”(ブロークン・ファンタズム)


Sie malt gut. Sie habt einen Bleistift.(お絵かきお上手鉛筆片手)


Der tiefschwarze Hund haengt sich auf.(真っ黒犬さん首を吊る)


Die Katze und Totentanz.(痛い痛いと猫が駆け)


Die Eule schreit in Nacht.(梟ほうほう夜に鳴く)




 渾身の鋼が炸裂する。爆炎が容赦なく死徒の身を殲滅する。
 その爆炎、二者とも互いの行動が認識できない状態で男が最後の剣を引き抜き、真名を開放する。
 星が鍛え上げた最強の幻想が、星の芸術と見紛う――否、それは間違いなく星が成し得る最高級の芸術――尊き極光で鍛剣の世界を染め上げる。


Schwarzer, schwaerzest, tiefschwarzer Tee.(紅茶がぐらぐらお味はいかが)


Gehirn gehirn, Ich liebe Ihr gehirn.(隠し味は貴方の脳髄)


Eine Maedchen haekelt ihre Sarg.(窓辺で編み物私の棺桶)




 その太陽の爆炎(フレア)を、死徒は回避した。光が天空を切り裂く中で死徒は男の背後に回り、その右胸に剣を突きたてる。
 逆光の顔は判別できないが、間違いなく驚愕に埋め尽くされているだろう。


Ich wachte in dem winterlichen Nacht auf.(冬の夜中に目が覚める)




 さらに身体を振り向かせた魔術使いを袈裟に斬りつけ、死徒が喉元に切っ先を突きたてる。

「私の勝ちだ。人間」

 勝利宣言をする死徒に、魔術使いが顔を向ける。
 光が収束し、その表情が露わになる。


All Weiss. Gefieren all. Graue Haar.(皆真っ白がたがた凍る)




 笑っていた。

「何故笑っている、何故絶望しない、何故戦える!」

 死徒が叫び

「言ったろう? 俺は正義の味方だ。こんな所で負けるわけにはいかない」

――それが我らの使命だからだ!!

「そんな理由で……、ふざけるのも大概に――!!」

 男は少女を守ると決めた。
 少女は男を支えると言った。
 そして力をあわせて敵を倒す、と約束した。

 お前のミスは、敵として狙ったのが俺一人だったこと。
 ほら、さっきから聞えているだろう。彼女の声が。

「集え、全ての剣よ」

 瞬間、炎が燃え上がり、無数の剣が二人を取り囲む。三軸わずかの隙間もなく埋め尽くす檻が完成する。

「なんのつもりだ!」

 怒鳴る死徒を尻目に、男が手にした鎖を引く。かつて騎兵が用いた鎖の先には、白銀の少女。
 剣の檻が彼女を避けて道を作る。脱出は間に合わない。一瞬一瞬のうちに檻を形成する剣は増え続け、少女の到達までに砕ける数ではなくなっている。
 改竄より製造の方が速い。
 ならば迎撃するまで。

 地に少女が降り立ち

「『脳髄』を改竄する!」

 死徒が手を伸ばし

「『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』!」

 魔術使いがあらゆる魔術効果を破戒する短剣を死徒の手の進行方向に重ね

「“Sie gefieren bis den Seele(流れ止まる愚者の魂)”!!」

 展開された魔法陣が回転して火花を散らした。

 死徒は迷った。魔術使いが繰り出す短剣は魔女の短剣(メディス・フェルム)。どのような魔術でも無効化する宝具。
 当然固有結界も消えうせる。改竄自体は難しくない。だが、これを改竄すれば少女の魔術が再度固有結界を停止させる。
 迷った末、死徒は短剣を改竄した。構成要素を改竄され、ずれた投影物は硝子のように砕け散る。
 時間は稼いだ。隙も作った。故に、魔術凍結の魔術が効果を遺憾なく発揮した。

 固有結界がその効果を失う。十秒だけ死徒がただの吸血鬼に成り下がる。
 その十秒を切り抜けるべく、死徒が爪を振るう。

「あぁあぁぁぁあぁああああぁぁああ!! 私の力は貴様らを凌駕する。正義の味方だか理想だか使命だか知らんがそんな理屈とも言えぬ理屈で容易く引っくり返すとでも言うのか!!」
「『太陽剣(グラム)』!!」

 男が魔剣を振りぬき、
 爪ごと、太陽剣が死徒を両断した。

「脆き贋作の…幻想で、私の世界を……ふざけるな。私は死徒ドラキュラ。下種如きとうに超越している…!」

 光に焼かれ灰になる吸血鬼。


 幕が下りた。

 雪の大地が端から消えていく。
 男は満身創痍で、砂となってこぼれ落ちる剣を握り締めたまま立っていた。
 吸血鬼が完全に消滅し、固有結界も消え去った。
 男の外套はもう使い物にならないくらいにぼろぼろになり、全身に傷がある男のぼろぼろ感に拍車を掛けている。

 男の体がぐらりと揺れ、ゆっくりと仰向けに倒れていく。
 それを少女が受け止めた。

「お疲れ様、シロウ」

 夜はまだ明けず、闇は深い。しかもお互い傷だらけ。
 これからの後始末を考えただけでも気が重い。
 それでも二人共生きていることを確かめながら少女は――

 坂を怒鳴りながら駆け上がってくる赤いあくまにどう状況を説明したものかと考えていた。



†        †        †










 数日後、五人連れの男女が公園でお弁当を広げていた。
 白髪の青年が銀髪の少女に何やら語りかけていた。
 恐らく、彼らの前にある紫陽花について何か薀蓄(うんちく)をたれているのであろう。
 その傍らでは神速を以って弁当が消費されていた。
 気付いた青年が騒ぎ、取り囲む四人が笑う。
 彼らにとってそれは今までも当たり前の光景であり、今までとは少し違っていた。
 どこが違っているのかと言うと



 青年と少女が今までよりも少しだけ幸せそうにしている点であろうか。

「あーコラー! タイガ、それわたしの!」
「いいじやないのよぅ。おいしそうなんだもん」
「ちょっとシロウ。見てないでどうにかしてよ!」
「え……えーと。まだあるから気にする事ないと思うぞ?」
「ぶー! シロウ、わたしのサーヴァントのくせに偉そうなこと言ってるんじゃないの!」
「おい待て。いつ俺はサーヴァントになった」
「いいの! わたしと契約したんだからわたしのサーヴァントなの!」
「契約なのか!? あれが契約だったのか!?」
「もち、わたしとパス繋いで魔力持っていったんだから! 使い魔も同然よ!」
「なんでさ!」
「契約ってなんの話かな? 面白い話?」
「「タイガーは黙ってろ(いて)!!」
「タイガーって言うなー!」

 なー、なー、なー、なー、なー、なー、なー、…………………………………………。

END





後書き
というわけで最終話でした。
……ああ!? 士郎結局勝っていないやん! とか書いていて思いました。が、うん無理だ。士郎単体でドラキュラ倒す方法思いつきません。
最終話、とか言っておいてもう少し続きが↓あります。
次回に続く、の感じで。
















 暗い城の中で、少女が老人に語る。

「ねえ、ドラキュラ、殺されたって」
「誰にだ……トオサカの魔女か」
「ううん、シロウ・エミヤ」
「あ奴か。では、結局トオサカがあれを持っているかどうかの確認は取れないか」
「いいんじゃない? どーせないよ。自力じゃ作れないし、あいつのにはあれは無かったもん」
「まあ、よい。で、こちらの完成度はどのくらいか」
「結構できているよ。さすがだよね。血脈ってのは」
「どの程度か」
「うんとね、まだ薄い膜が張っている感じ」
「後――」
「二ヶ月かな」
「良かろう。では、我がサーヴァントの召喚の用意も平行せよ」
「分かりました。お爺様」

 少女が一礼し、老人に背を向ける。

「いくよ、ランサー」

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