敗者の夜明けへの前奏曲

 怪物と闘う者は、その過程で自分自身も怪物となることがないよう、気をつけなければならない。
 深淵を覗き込むとき、その深淵もこちらを見つめているのだ。



フリードリッヒ・ニーチェ





†       †        †





「交渉決裂ね。貴方達の方法が成功するとは思えないし、そもそも他人の掌の上でいい様に踊らされるのは主義に反するの。聖杯が手に入らないならそれまで。潔く諦めるわ」
「それが……例え一族の悲願を潰すことになっても……か」
「ええ、常に優雅たれ。貴方達みたいなみっともない手段は絶対とらない。お引取り願おうかしら、アインツベルンの当主様(ヘル・アインツベルン)
「そうか………ならば致し方あるまい。………やれ」
「はい、おじいさま」
「!?」



†        †        †





 その年、冬木市は例年にない猛暑に見舞われていた。
 連日太陽が狂ったように照り続け、そこに一昨日やって来た台風がもたらした南風のせいで気温は全く下がらず、今夜も蒸し暑い夜となっていた。

「それじゃお休み士郎〜。戸締り気をつけてねぇ〜」
「シロウお休み〜」
「ああ、お休み」

 衛宮邸にいつものように夕飯を集りに来ていた大河とイリヤが帰宅し、士郎は門の鍵を閉めた。
 今晩、遠坂姉妹は来ていない。来客があると今朝聞かされていた。

 士郎はここ二ヶ月ほど冬木に留まっていた。六月に死徒に襲われた後始末が終わるまでは離れないつもりで、完全に浄化が終わったと分かるまでは後数ヶ月ほど必要だろう。
 ぼんやりとそんなことを考えながら、残った後片付けをしようと台所に向かう途中

「――――っ!?」

 突如、膨れ上がる魔力を感じた。
 暗い青の外套を掴み、庭に飛び出す士郎。

「シロウ!」

 イリヤが駆け込んでくる。

「一体何だ!?」
「わからない、でもこの異様な魔力は人間じゃないわ」
「!」

 表情を硬くする士郎。人間じゃないとしたら……また死徒か?

「ううん、死徒じゃないと思う」

 サーヴァントのものに似ている、とイリヤは思った。だが、つい先日もどこかの馬鹿に「聖杯戦争は起きない」と言ったように、彼女は聖杯戦争が起きるとは思っていない。
 ならば、何が考えられるか。答えはすぐに出た。自分も経験したことである。聖杯のサポート無しでのサーヴァント召喚。

(まさか、アインツベルンが?)

 苦い顔をするイリヤ。考えられなくはない。
 千年の執着がそう途切れるはずがなく、彼らがなんらかのアクションを起こすのは不思議ではない。
 しかし、なぜこのタイミングで? 大聖杯は既に存在せず、仮にアインツベルンが大聖杯の機能停止を知らなかったとしても五年という短期間で――

「イリヤ、とにかく魔力の発生源にいってみるぞ!」
「わ、わかった!」

 そう言って駆け出そうとしたとき、

 カランカラン……。鳴子のような音を立てて結界が反応する。
 敵意を持った者の侵入を知らせる結界。それが反応したということは――

「こっちにも何か来たのか」

 士郎が目を凝らす。その先に人影が現れた。
 右腰に日本刀を差した、比較的長身の女性。シルエットだけでも長い髪が見て取れる。

「久しぶり、衛宮」

 その女性の名前は木佐波璃南。四年前に士郎と共に仕事をしたことがある。

「………木佐波…璃南」

 半歩下がる。四年は璃南は仲間だった。その彼女に結界が反応したということは。

「今回は敵、ということか?」
「ん? ―――依頼内容は『衛宮士郎及びイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの足止め』。二人とも、ここから動かすわけにはいかない」
「ちっ」

 外套から拳銃を取り出す士郎。右手にS&W M500、左手にS&W M629。同時に強化発動。

「見逃してはくれないかな?」
「無理よ。仕事だもの」

 やはり無理か、と士郎はごちる。事態が急過ぎて今一ついていけていないが、プロの彼女が足止めを依頼されているのだから、当然他の誰かが何かを企んでいる。 一方イリヤは今回の事件(?)が少なくとも士郎とイリヤの二人に関係する者によるものだと分かり、アインツベルンが動いているという考えが現実味を増したと感じていた。
 璃南が刀を抜き、士郎に斬りかかる。それを士郎が拳銃を交差させ、受け止めた。甲高い音が響き、火花が散る。

「どういうつもりだ、木佐波」
「仕事だと言った。相応の報酬さえ積まれれば、可能な仕事は請ける」

 璃南の右腕の魔術刻印が光を放つ。数個の光弾が放たれ、士郎はかわせるものをかわし、かわせない二つを撃ち落す。

「魔力の発生源に行きたいなら実力で排除するしかない、と言うのか」
「ん……」
「因果な商売だな、まったく!」

 刀を正眼に構える璃南。士郎はイリヤを下がらせ、構え――――ずに璃南の懐に踏み込む。

(!?)

 意識の間隙をつき、一瞬で数メートルの距離をゼロにし、士郎は璃南の鳩尾目掛けて肘を繰り出す。
 それを後退してかわす璃南。士郎がすかさず足払いを掛け、彼女の体が一瞬宙に浮く。
 再度鳩尾への肘。同時に合わせられる璃南の右手、輝く魔術刻印。
 ぎりぎりで腕を引き、バックステップを踏む士郎。璃南の右手から放電が起こっていた。

「あれ、よけるの」
「っ―――」

 璃南の肩に発砲する士郎。刀で適当に逸らし、今度は璃南が踏み込んでくる。跳躍し回避、頭上から弾丸を撃ち込む。しかし、その空間には誰もいない。

「しま―――」

 璃南はそのまま止まらず、士郎の背後にいたイリヤの目の前まで進む。

「! っ――」

 とっさに反応できない彼女の顔面を右手で鷲掴みにして、そのまま地面に頭部を叩きつける。
 蜘蛛の巣状にひび割れ砕ける地面。放電の光が起こり、悲鳴を上げる暇もなくイリヤの意識が刈り取られる。

「イリヤ!」
「大丈夫よ。気絶しただけ」

 片膝をついていた璃南が立ち上がり、刀を鞘に収める。

「なぜ本気を出さないのかしら。あたし、舐められている?」
「なんだと? 何を言っている」

 ふう、とため息を吐き、一呼吸置いて璃南が言う。

強化と変化()しかできないわけではないでしょう?」

 眉をしかめる士郎。

「何のことを言っているのか、分からんな」

 懐に拳銃を収め、大型ナイフを取り出す。このアングルではイリヤに弾が当たる危険があるので銃は使えない。
 ナイフを強化し、逆手に構える。

「どこまでも隠すつもりならいいけど」

 再びため息をつく璃南。彼女の意識がわずかに逸れ、そこに士郎が再度踏み込む。まずは脚を裂き、機動力を奪う!
 刃が閃き、鋭い輝きが璃南の右脚に吸い込まれていき――刹那、抜かれた野太刀に両断された。
 刀はそのままナイフの主を切り裂き、赤い華を咲かせる。
 斬られたままの体勢で、斬ったままの体勢で硬直する両者。まずは士郎の膝が崩れ、それを確認した璃南が刀を鞘に収める。

「あたしが小狐丸を鞘に収めた理由、読めなかった? 残念ね」

 抜刀術――納刀状態から刀を抜く動作で刃を奔らせる剣術だった。

「二の太刀は与えない。殺すな、とも言われているから」

 士郎の首筋に指を這わせ、高圧電流を流す。士郎の意識もまた、闇に包まれた。



†        †        †





「サクラちゃん!? 大丈夫でして!? リンちゃんは何処に!?」
「か、はっ……。姉――さんが――」
「え、さ、攫われた!?」



†        †        †





 未明、柳洞寺地下。
 一人の少女が地面に手をあて、何かを読み取るような表情をしている。
 周囲には老人と、数人の人影――おそらくはホムンクルス――がいる。
 少女は年のころ五・六歳程。肩の高さで切られた白い髪と赤い瞳。年齢こそ違えど、その顔立ちはイリヤスフィールと恐ろしいほどよく似ている。
 彼女の見た目は幼いが、纏う空気は老人といってもおかしくないものが混じっており、同時に外見以上に何かが足りないという印象も受ける。そもそも、少女がイリヤスフィールと同じホムンクルスなのであれば、外見年齢と実年齢が一致するとは限らない。

「どうだ」
「回路は一割程度が焼ききれているわ。おそらく、アンリ・マユを消そうとした時に発生した対消滅のエネルギーで融解をおこした、というところね。
 ユスティーツァ本体は無事だし、回路もバイパスや再増殖が可能だよ。
 浄化に使われたエネルギーが浄化に特化していたからだと思う。大聖杯のシステムダウンはあくまでオマケみたいなもの。
 さすがにマナもなにもかも抜けて、機能はすべてうしなわれているけどね」

 少女がやや舌足らずな口調で喋る。内容はそれに反して専門的なものだ。
 少女は回路の修復を始めたのだろう。大聖杯の回路の一部が光を発する。

「この程度なら、………夜明けまでに………修復は完了する…か」

 老人が振り向いた先には、大量の魔術品や呪符で魔力を封じられ、束縛された遠坂凛がいた。
 老人が陰鬱な、乾いた声で話す。

「聞いた通りだ。……トオサカの魔術師。………私達は大聖杯を修復した後、ただちにマナを満たす必要がある」
「それで、私にあれを使わせようというの」
「そうだ。………私達が四年かかって使用に耐えうる程度まで複製したと思われる……『宝石剣ゼルレッチ』で。実験も済んでおる。…道は繋がる」
「お断りね。どうやってそんなもの作ったのかは知らないけど、成功するとは思えないし、私にこんなことしておいてまだ協力すると思う?」
「成功するのではない………させるのだ。そして、………君は私に逆らえなくなってもらう」
「精神操作でもするつもり? 残念ね。魔力の封印が解かれた途端に吹き飛ぶわよ。刻印持ちの魔術師を、それ以上に遠坂凛を甘く見ないことね」
「それはどうかな………。確かに精神操作の魔術、魔力という水に流されてしまう程度のものでしかないだろう。だが、………もしその魔術が流されない程の強固な城だとしたら。………例えば、英霊ですら流せない程の」
「まさか!」
「君には………人間用に改造した令呪を埋め込む。聖杯なしでバーサーカー・ヘラクレスを御した技術を持つ私達だ。………抵抗はできんよ」

 老人が周りに控えていたホムンクルス達に合図を送る。

「ヘル・アインツベルン! 貴方!!」
「諦めるわけには……いかんのだよ。…諦められるとでも……思ったか」



†        †        †





 闇の中、少女が哂う。

「はやくよばないと、殺しちゃうよ。イリヤスフィール」



†        †        †





 夜が明け、日が昇り、天高くに達する頃、教会の扉をあける人影があった。
 紫色の髪をした女性は、見送りに来たシスターに頭を下げる。
 彼女―桜の服から覗く肌には治療の跡が見て取れた。

「本当にいいんですの? シロウちゃん達が目を覚ますのを待っていた方がいいのでは?」
「いいんです。先輩達がいつ目を覚ますか、動けるようになるか分からない今、一刻も早く戦力を整える必要がありますから」

 そう言って桜は自分の左手に目を落す。そこには蚯蚓腫れのような聖痕が浮かび上がっていた。

「サクラちゃんまでが戦う必要はないのですよ? ワタシに令呪を譲ってもらえれば、ワタシが――」
「姉さんが攫われて、今の私は冬木の臨時管理者みたいなものです。前回、私は引きこもって震えていることしかできなかった。今度はそんなことしません。私も戦います。そして――」

 そこで一旦区切り、桜は笑みを浮かべる。彼女がときおり見せる黒い笑みに似ていて、どこか違う笑みを。

「あの高慢ちきに見せ付けてやります。私がどれだけ強くなったかを」

 そう言って桜は教会を後にした。

「いつでもマスターを代わりますよ!」

 彼女は振り返らなかった。



†        †        †





遠坂凛が拉致されてから丸一日が経った夜。一人の魔術師がサーヴァント召喚を行っていた。
魔術師の名は木佐波璃南。

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。
 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ
――閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
 繰り返すつどに五度。
 ただ、満たされる刻を破却する。
 Rock on。
―告げる。
 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
 誓いを此処に。
 我は常世総てに於いて無貌の者、
 我は常世総てに於いて目暗の者。
 汝三大の言霊を纏う七天、
 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 爆発的にエーテルが渦巻き、風が木佐波璃南の髪を乱す。
 その渦中において、彼女は瞬き一つせず、渦の中心を見据える。
 嵐はやがておさまり、収束したエーテルが実体を結ぶ。
 そして実体は人の形となった。
 その者は少女の外見をしていた。年の頃は十代前半から半ばに差し掛かった程度。
 紺碧色の瞳に青黒色の長髪。
 服装は全体的に黒を基調としたフリル付の長袖ワンピース。頭部にはさも当たり前といった感じにヘッドドレスが鎮座している。
 左手首にこれまた黒い包帯が巻かれている。
 肌の色は病的に白い。

「サーヴァント・アサシン。求めに応じ召喚されました。あなたがわたしの―――」

 そこで少女のサーヴァントの言葉が途切れた。
 サーヴァントは召喚主、つまり璃南のことを穴が開くほどに凝視している。
 ここで念のためにおさらいしておくと、璃南は整った顔立ちをしている。分類するとクールビューティ系。身長は高く、引き締まった体格に出る所が出た体型をしている。
 それがどうやらアサシンの少女にとって衝撃だったようで

「あたしが?」
「貴女がわたしの―――お姉さま(マスター)ですね!」

 がしっ、と璃南の手を握るアサシン。
 目は熱く潤み、璃南は“マスター”という単語に別の響きを感じた。会話じゃ文字見えないから。

(ゾクッ)

 背筋に冷たいものを感じる璃南。それに構わずアサシンの少女は続ける。

「これよりわたしは貴女の剣となります盾となります奴隷となりますぅ。そ…それとぉ、わたし人見知りが激しいのでいざと言うときは―――お姉さま(マスター)、護ってくださぁい」

 璃南を押し倒さんばかりの勢いで続けるアサシン。

「あなた、あたしのサーヴァントでいいのね?」
「はい! なんなりと命じてください。ハァハァ」
「じゃあ、あなたの事を確認したい。真名は――――で……いいのよ、ね?」

 一抹の不安と共に訊ねる。彼女は伝え聞くあの人物と色々な意味であまりにかけ離れている。まさかとは思うが、召喚失敗したか、と思うわけだ。
 ああ、山の翁を素直に呼べば良かったか。

「不本意ながらそう呼ばれています。もう少し芸術的な呼び名がほしいのですが」
「そう。じゃあ次は―」
「ああん、お姉さま(マスター)つれないですぅ。そこもまた素敵ですぅ」

(ゾワゾワゾワゾワッ)



†        †        †





 日が昇り、沈む。遠坂凛が拉致されてから丸二日が経過した。
 イリヤはその日の昼間に目を覚まし、衛宮士郎は未だに目を覚まさない。
 既に両者の体には聖痕が現れており、二人とも聖杯戦争のマスターに選ばれたことを示していた。
 聖杯戦争。アインツベルンが無理やり起こした、最初から歪んだそれが始まった事になる。正確にはサーヴァントが七体出揃うまでは開始とはならないが、そんなことは瑣末事。早ければ今夜にも戦闘が開始されるだろう。

「シロウちゃんはまだ目を覚ましませんか」
「ええ、シスター・センリ。相変わらず」
「傷自体は塞いでおきましたが、神経へのダメージがどうなっていますか。生憎と外傷の治療しかできないのです。申し訳ありませんわ」
「いえ、助けていただいて感謝しています」
「そんな……」

 眠り続ける士郎を睨みつけるイリヤ。憤りの理由は彼が傷ついたことだろうか、自分の無力さだろうか、あるいはまた別の。

「イリヤちゃんもマスターの権利を放棄するつもりはないのですの?」
「ありません。今度もヘラクレスを呼ぼうと思います。わたしはバーサーカーで呼びたいんですけど、制御の問題もありますし、今回は絶対負けられません。アーチャーで」
「ヒュドラの弓――ですか」

 イリヤの赤い瞳が燃えるような光を伴う。

(断ち切らないといけないよね、過去の鎖は)





 怪物と闘う者は、その過程で自分自身も怪物となることがないよう、気をつけなければならない。
 ■■■■を覗き込むとき、その■■■■もこちらを見つめているのだ。





後書き
作者:ようやく第一楽章お届けできます。
アインツベルンの少女(以下、少女):遅筆な作者でゴメンね。
作者:タイトルの元ネタは牧神の午後への前奏曲、ドビュッシーより。
少女:ねえねえ、ぽんぽん話が飛んだけどそのへんどうなのよ。
作者:だって本編用のプロローグだもん。開戦の様子&各々の参戦の経緯Part1って所。
少女:マキリの参戦理由があっさりすぎま〜す。
作者:気にしとんじゃ、ほっとけ。
少女:で、トオサカが攫われた理由って何?
作者:隠すつもりもないのでばらすけど、大聖杯の充電用。このへんも次回本編で。
少女:手元にプロットがあるんだけど、オリジナルサーヴァント多すぎじゃない?
作者:そうか? 相応の理由がない限り前回とほぼ同じ顔ぶれって方が不自然だと思う。
少女:ふーん。それでは今回はこの辺で失礼しま〜す。
作者:つーか、最初から大聖杯目掛けて攻勢が集中するのが分かりきっているのがつらい。どう構成しよ……。

人物設定に「ヘル・アインツベルン」追加



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