殺人狂が奏でる小夜曲

 薄ら闇に二人の影が佇む。
 片方は老人。もう片方は少年。
 病的に青白い肌を持つ顔は創造者の悪戯を疑わせるほどに美しい。
 女物の艶やかな着物と帯を締めた、蜉蝣のように華奢な痩躯。
 高級品のかんざしを挿した髪の色は朽ちて白。
 瞳の光は抜け落ちて陰。
 その少年が鮮やかな紅をさした口を開く。零れた聲は狂ったように美しく、美しく狂っていた。

「良い、貴殿を儂の主と認めよう」

 狂った拍子。美しい音。
 狂った一人称。美しい歌声。
 狂った正気。美しい狂気。

「その狂気、その執着、真に儂の主としてふさわしい。ああ、ふさわしいとも。狂気が、執着が儂を生かす。
 貴殿は儂を愛するか? 美しい女性の狂った愛こそが欲しい。
 儂を愛せ。
 その情愛、全霊を以ってして儂を愛せ。
 儂は愛を貪る存在。
 この身はただ執着されるために在る。奪い合い、貶し合い、溺れ合い、そして否定されよ。
 儂はいかなる愛をも受け入れはせぬ。
 
 儂を愛せ。
 さあ、全霊を踏みにじることによって得られる快感を我に。
 それが得られぬのなら正気などなんの価値があろうか。
 早く儂の理性を奪え。早く殺させろ。早く儂の願いを叶えよ」

 サーヴァント・バーサーカー。マスター、ヘル・アインツベルン。








 深夜、冬木市新都。深夜といっても夜型の若者がうろついている様な、どこにでもある場所。
 その日も案の定、数人の男女がコンビニ前の駐車場にたむろしていた。
 内容など無いに等しい会話を延々と繰り返す彼ら。それで笑いあっているのだから、本人達には面白い会話なのだろう。もしくは時間の浪費をむしろ楽しんでいるのかもしれない。
 どちらにしろ、若者は確かにその一瞬一瞬を生きていた。
 彼らの日常にふと、雑音が混じる。無視すればそれで済ますことができる雑音だった。気付かなければ聞えなかったことにしてしまえる雑音だった。気付かれてしまったことがどうしようもない不運だとしか言えないような、小さな雑音だった。
 雑音に気付いてしまったのは、彼らの中の、一人の少年だった。見るからにガラの良くなさそうなその少年はビールの缶から口を離し、何を見るとはなしに顔を上げた。
 彼の目に映ったのはコンビニの前の通りを歩いている一人の少女。少年はまず、なんでこんな時間にと思い、次に彼女の服装に気付いた。
 所謂ゴスロリ。そう形容される服を着込んでいる女性を見かけるようにはなってきたが、まだまだ珍しい。
 少年は少しからかってやろうと思ったのかもしれなかった。ほとんど何も考えずに少女に声を掛ける。
 出来ることならこの時点でおかしいと気付くべきだった。
 服装が少々派手なだけの、年の頃十二〜三程の少女。そんな子供が夜更けに一人で街中を歩いていることが、いかに非日常かを。

「お嬢ちゃーん、可愛い格好してますねー! 僕たちと遊んでいかなーい!?」

 少年の声に、少女が顔を向けるが興味無さそうにまた顔を逸らし、再び歩き始める。
 少年の声により、少女の存在に気付いた仲間――そのうちの男性――が次々に少女に声を掛ける。

「せっかくだからさー、少しお喋りしようよー」
「洋服、似合ってんよー」
「あれ、シカト? 冷たいんじゃないの!?」
「おい、無視してんじゃねぇよ! このブス!」

 少女が彼らを無視し続けることが気に喰わないのか、少年達の声が序々に荒くなる。他人に無視されることを極端に嫌う人種である彼らは、沸点が異様に低い人種でもあった。

「何とか言えよ!」
「よしなって。あんな小さい子にからんだって仕方ないじゃん」

 グループの中で、比較的理性的な女性――彼女も又少女といっていい歳だ――が男性陣をたしなめる。

「迷子かもしれないよ、見なよ、あの子外人じゃない」
「……うお、マジだ。お前よく気付くな、こんな暗いのに」
「両目2.0。それにコンビニの前だから十分明るいって。あんたちゃんと栄養摂ってる? 酒とタバコだけじゃ保たないよ」
「……るせぇよ」

 一言二言軽口を叩きながら、その女性が少女に駆け寄る。

「どうしたの? 迷子かな? え、ええと……ア、アーユー、ア、ロストチャイルド?」
「大丈夫。日本語分かりますし迷子でもありませんよ」

 少女が女性を見上げて笑う。その時女性は気付けなかったが、その笑顔は新しい玩具を見つけた子供の顔だった。

「わ、日本語上手いじゃん。なんかほっとした〜。で、どうしたのかなこんな時間に。お母さんは?」
「ひいふうみい……六人ですか。男が半分もいるのが気に入りませんが、まあいいでしょう」
「? え、お姉さん達がどうかした?」
「ではさようなら。いい眠りを」

 聞えなかったはずの雑音が、その瞬間炸裂した。
 少女の腕が一瞬霞み、それ以降二人の間に沈黙が訪れる。
 様子がおかしいことに気付いた仲間が女性に声を掛けた。

「どうかしたー?」

 それがきっかけとなり、女性がけたたましい悲鳴を上げる。

「い、いやぁぁぁぁぁああああ!! 何よこれ! あんた一体何をしダゴボッゴ、ガ!」

 驚いた仲間が思わず立ち上がったとき、彼らの目の前に何かが落ちてきた。

 女性の手首から先だった。

 それに釘付けになっていた彼らが、女性が地面に倒れる音に気付いて顔を向けると、喉を切り裂かれた女性が仰向けに地面崩れ落ちていた。
 少女がおもむろに女性に馬乗りになり、気狂いじみた解体ショーを始める。
 喉元から一気に鳩尾までぶちぶちと切り開く。
 全身を痙攣させる女性に構わず、両手を傷口に突っ込み乱暴に洋服ごと胸板を取り去る。
 飛び散る血液、白い胸液、折れた肋骨から滴る髄液。
 現れたのは脈動する心臓。
 意地らしく生命活動を続ける臓器。
 外気に曝され尚も脈動を続ける生命の器。
 それを撫で満足した表情を見せて、少女は立ち上がる。
 厚底ブーツの踵で生きた心臓を踏み潰し、返り血にも構わず少女は残りの少年たちに向かう。
 大音量で鳴り響く少女の姿をした雑音は、少年達の日常という和音を跡形もなく飲み込む不協和音。

「て、てめぇ!」

 すぐに逃げれば助かったかもしれない。逃げる獲物を追いかけるほどの情熱が少女にあるかには疑問がある上、そもそも少女はただ気まぐれに殺し始めただけだった。なら気まぐれに止める可能性も十分ある。
 だが悲しいかな。少年達は仲間が傷つけられることに(この時、彼らは女性が既に死んでいることに気付いていない)激昂するくらいには仲間意識に富んでいた。
 それが命取りだった。
 殴りかかってきた少年の首を一息に斬り飛ばすと、少女は―――

 コンビニの深夜アルバイトが奥から出てくる。彼は店のウィンドウの異変に気付いた。
 初めはなんだか分からず、次にそれが大量の血痕らしいと気付き、ひき逃げでもあったのかとやや的外れに慌てて飛び出した。
 店の前には紅い朱い花が咲いていた。取り合えずといった感じに殺されている男性と、これ以上ないくらい非効率的な殺し方――出来るだけ生かしたまま殺すためにはこれ以上ないくらい適した解体方法――をされた女性、そのパーツ。骨、筋、臓物。極彩色の展覧会。
 中心に立つのは黒衣の少女。血が滴るハンティングナイフを手に、殺戮に酔いしれていた。
 アルバイトの男はその光景が理解できない。「行くよアサシン、何しているの」という声により少女が立ち去ってから五分後、ようやくアルバイトは活動を再開した。
 腰を抜かした次に震える手で携帯を取り出し、ボタンを押す間に何度も吐いて。
 彼が警察に電話を入れられたのはそれからさらに三十分後だった。

 結局、後日警察が解明したことは、この事件の犯人が酷く“人体解体”に手馴れているということくらいだった。



 冬木大橋の袂にある海浜公園。そこで川に一人の少女――アサシンが叩き込まれた。

「うわぷ、げばっ! は、はにゃにはひっは……」

 飛び上がろうとしたアサシンを主の足が阻む。ザバザバと暴れるアサシン。

「血を落として。血塗れゴスロリは目立つ。」

 アサシンの主、木佐波璃南がぼそっと呟く。水中で暴れる奴に聞えるはずはないのだが。
 暴れているうちに血も粗方落ちたのだろう。元が黒いだけに大して血痕が目立たないというのもある。アサシンがようやく上がってきた。

お姉さま(マスター)、ひどいです。わたしは単に息抜きをしただけでして、こんな仕打ちを受ける言われなんか……」
「サーヴァントが目立ってどうするの。もう、――令呪に於いて命じる『不必要な殺しはするな』」

 璃南の令呪が発動し、三つしかない絶対命令権がその効果を現す。
 結果、英霊を律する術式が暗殺者の少女に不要な殺害を禁じた。

「うわ、ひど」
「目立つような行動するお前が悪い」

 むくれたアサシンがぷいっと姿を消す。霊体化したのだ。

「(お姉さま(マスター)のケチィ。ちょっとやそっと殺したって人間は減るもんじゃないですよぉ)」
「屠るよ」

 そんな会話があったとかないとか。

 ちなみに、聖杯戦争が始まってから、マスター及びサーヴァントの接触は見られていなかった。
 目に見える動きがない状況が続いていたが、今夜ここにきてそれが崩れた。
 未明、冬木の大橋。木佐波璃南・アサシンペアが橋の中央付近に差し掛かったとき。
 璃南が脚を止めると、足元の地面を見つめる。

「?―――!」

 璃南の足元に、鈍色の呪印が刻まれている。
 それを見て少し思案に耽った璃南は、おもむろに呪印を踏みつけた。
 同時に、呪印が淡い鈍色の光を放ち始める。

「(どしました、お姉さま(マスター)?)」
「罠だ。一定以上の魔力を持った存在が上を通ると術者に知らせる術式が施されていた」
「(え? あ、来ます。新都の方から。間違いないです、サーヴァントです)」

 同時、黒マントを着込んだ男が滲み出るように彼女らの目の前に現れる。その背後には一人の老人。禿頭の上に盛り上がった筋肉は赤銅色に焼けている。暑苦しい人である。
 タンクトップの上着に、首にはロザリオがぶら下がっている。

「まさかわざと罠にかかる人がいらしたとは。驚きですねぇ」

 夜、生暖かい風にマントが揺れる。
 黒衣のサーヴァントの顔は黒い髪が隠している。
 鼻まで伸びた髪から僅かに覗く眼球からは凪のように静かさしか見えない。
 敵に遭遇した緊張も。
 聖杯を求める執着も。
 殺気も。
 隠すつもりもない■■ですら貴族然とした仮面の奥に隠れている。

「さあ、やっておしまい」

 オカマ言葉の老人の言葉を合図に男が虚空から剣を抜く。先端が丸い巨大な斬首剣。

「今晩は、お嬢さん方。早速で悪いのですがこれも何かの縁です。早急に決着をつけましょう」

 黒髪の男が剣を構える。慇懃無礼な態度を滲ませ、表面上はにこやかに。

「あーもう! だから出歩くの止めようって言ったんですよお姉さま(マスター)!! 直接戦闘なんて! 嗚呼!! というかさっきわざと踏んだでしょ、お姉さま(マスター)!」

 頭を掻き毟りながらアサシンが実体化する。当のマスターは表情一つ変えず

「じゃあ、後は任せる。全ては打ち合わせ通りに」
「ラ〜ジャ〜」

 肩を落としてアサシンが答える。スカートの間から一振りのナイフを取り出す。
 少女の小さい手には似つかわしくない大振りのハンティングナイフを、アサシンの少女は逆手に構える。

「かっかっか! そんな餓鬼がサーヴァントとはね! しかも見たところあんたはアサシンだ。こりゃ勝ったね!」
「ええ!? わ、ワタシハアサシンナンカジャアリマセンヨ?」

(ぎゃーす、暗殺者なんて美しくない称号は御免ですばい)

「とぼけても無駄よ。三騎士とライダーには到底見えず、キャスターといった雰囲気でもない。明らかにバーサーカーでもないとくればアサシンしかないでしょ」
「……くっくっく。主、貴方がそれを言いますか」
「ヒッヒッヒッ、うるさいよ♪ アンタ」
「ぐむぅ……」

 老人が笑う。笑い声に反応して眉間に皺を寄せるアサシン。どうやら老人の甲高い笑い声が気に食わない様子。

 そのとき――アサシンの主、木佐波璃南が話の流れを完全に無視していきなり言う。

「行け」

 瞬間、空気が変わった。血の臭いがする冷たい風が辺りを満たす。
 刹那の間をおくことを許さず侵食する腐臭。
 発生源は黒の少女。別段雰囲気が変わったわけではない。
 ただ今までどうして気付かなかったのかと思うくらいの血の臭いが溢れ出した。
 実在しないけど確かに感じる血の臭い。
 間髪入れず疾風の如く駆けるアサシン。同時にマスター、璃南は全力で後退する。
 一瞬唖然とする黒マント主従。マスターがいきなり離脱した?
 というか今までの会話は油断させる演技か?

「げ、迎撃してちょうだい!」
「ぎ、御意」

 黒マントの男が斬首剣でアサシンのナイフを弾く。さして抵抗も見せずにアサシンは後退、構えを解いた。

「セイバー、ではないですね。どっちかというと貴方、わたしに近いんじゃないですか? 似た臭いがします。――――腐った血の香りが」
「ほう、一合で見抜きますか。大したお嬢さんだ。いやいや恐ろしい」

 瞳に嬉しそうな色を滲ませる黒衣のサーヴァント。
 感心したように言うと男は指を鳴らす。指が不気味に蠢き男の背後、老人よりさらに後から数人の人影が現れる。
 見た感じはただの中年男性だが、それは死体だった。完全に事切れた屍骸。猛暑の中、早くも腐敗し始めた肉塊。

「いかにも。私は剣の騎士などという高貴な代物ではありません。もっと濁り澱んだ存在。――貴女と同じ、ね」
「ふん、死体なんて悪趣味なもの使っちゃって。人体は自分で解体(バラ)してナンボのものです。」

 術者と繋がったラインから魔力を供給される、人形と化した死体達。
 刻まれた術式は自動で人形を動かすもの。術者が対象と定めたものを破壊することだけを行う傀儡。

「お嬢さんと遊んで差し上げなさい」

 死体がアサシンを取り囲む。甘ったるい腐臭が死体の口から漏れ、アサシンの少女は顔をしかめる。

「臭いし汚いし……」

 臭いのは嫌だ。汚いのは嫌だ。こいつらはいやがおうにも思い出させる。
 排ガスがしみ込んだスーツ。安いアルコールの臭いがぷんぷんする体臭。そのどれもが我慢ならない。
 こいつらは邪魔だ。嫌いだ。―――――――――今すぐ解体(バラ)したい。

「やれ、死体達」

 黒衣のサーヴァントが指令を下す。死体に刻まれた魔術式が回転を上げ、か細いラインを通じて黒衣のサーヴァントから魔力を汲み上げ、そして死体を無理やりに動かす。
 腕を振り上げ少女に殴りかかる死体達。
 振り下ろしたはずの腕が残らず宙を舞う。

 夜闇に閃いたのは六筋の銀光。アサシンの指に挟まれた左右三本ずつのスカルペル(メス)
 二度、三度、四度。刹那の間も置かず暗殺者がステップを踏む。
 その舞踏にはリズムが無かった。
 テンポが無かった。
 ハーモニーが無かった。
 音と音の調和が無いかった。
 拍子が揃っていなかった。
 生物の動きに必然的に備わるはずの機能美がまるで無かった。
 狂った獣のようにくるくると踊る少女。
 狂ったように咲き乱れる肉片。
 最初の腕が川に落ち水しぶきが上がる頃には、発狂した舞踏会は終わり、後に残ったのはバラバラになった死体の残骸とアサシンの少女のみ。
 一滴の返り血も浴びず―――浴びるのもおぞましいと忌避した暗殺者は変わらずにこやかな仮面を纏う黒衣の男に視線をよこす。

「終わり?」
「まさか、宴はこれからですよ、マドモアゼル」

 黒衣のサーヴァントのオドが荒れ狂う。

「我が魔術をとくとご覧あれ!」

 マントをはためかせ黒衣のサーヴァントが取り出したのは一枚の符。複雑な式が書き込まれたそれは、魔力をながすだけで発動する礼装。
 さらに数本の瓶がマントから地面に落ち、音を立てて砕けた。零れ出た鈍く輝く液体のようなもの――水銀。それが、式が発動した符に寄り集まる。
 それを見て心底鬱陶しそうに言うアサシン。

「へー、死体つれているから多分そうだと思っていましたが魔術師だったんですか。じゃ、キャスターですか? そのデカい剣が似合いませんけど」
「キャスターでなければ魔術を使えないというわけではありません。セイバーでなくとも剣を使う者がいるのと同じく、ね」

 男の魔術。属性は“金”、その特性は“操作”。操られた“金属”たる水銀が蛇の如く高速でアサシンに迫る。
 両手のスカルペルで水銀を切り裂くアサシン。だが、文字通り水を切るように手ごたえがない。アサシンの刃は効かず、水銀の刃が少女の肌に傷をつけていく。
 アサシンが大きく跳躍、黒衣のサーヴァントから距離をとる。
 どんな魔術にも限界がある。この場合は、あまり距離が開きすぎると魔力が届かず、水銀の刃は届かない。

「そこからそのメスを投げてみますか? 無駄であると忠告して差し上げましょう」

 嘲笑う黒衣の男。対峙するアサシンはメスをしまい、再度ハンティングナイフを構える。
 深く身をかがめるアサシン。その姿はクラウチング・スタートの構えを取る陸上選手のようであり、獲物を狙う肉食獣のようでもある。
 暗い殺気。粘着質の視線。

「うるさいです。その醜く硬い体、バラバラにしてやります。感謝することです。――わたしが男の硬い体を解体(バラ)すことなんてそうそうありませんよ!!」

 刹那、黒衣(ゴスロリ)がはためきアサシンの少女の姿が霞む。
 手摺り、アーチ、鉄骨。縦横無尽に跳ね回るアサシン。その動きに男の目はついていけない。残像すら残す速さで飛び回るアサシン。相変わらず何の規則性も見えないその動きが突然途切れる。少女が男の目の前に着地した。ふわりと広がる段々のスカート。前髪に隠れた眼差しと笑みの形に歪んだ口。
 一瞬時間の流れが遅くなったような錯覚が起こり――アサシンの足元が弾けた。
 肉薄する両者。
 飛び退く黒衣の男に飛びつくように迫るアサシン。
 風圧で暗殺者の長い前髪が乱れ、アサシンの表情が黒衣のサーヴァントの視界に飛び込んでくる。
 ――――潤んだ瞳、恍惚に顰められた眉、薄く紅に染まった頬。
 恋する乙女の如き表情は破壊の快感への期待故か。
 振りぬかれる兇刃。二人の隙間に咄嗟に割り込む水銀の盾。
 ナイフはわずかに男のマントを裂くのみに終わった。飛び退く少女。だが動きが止まらない。
 繰り返される曲芸。その最中に差し込まれる異音。

「――――■■■■」

 告げられたのはアサシンの宝具、その真名。ほぼノーモーションで告げられた真名により宝具はその力を瞬時に発現する。
 無音で爆発的に広がる…………濃霧。ミルクの池に落ちたように視界が殺された異界。
 そして、鼻をつく異臭。単なる霧ではなく、この霧はスモッグの類か。他にも様々な臭いが混ざっている。

「な、なんだと―――」
「ちょっと、これなんなのよ! なんでアサシンごときに手間取っているのよアンタ!」

 息を呑む黒衣のサーヴァントとそのマスター。
 アサシンの宝具により、辺り一面に霧が広がった。一見、ただそれだけ。
 だが、サーヴァントの宝具がその程度のはずはない。
 アサシンの気配がまったくしない。未だ跳ね回り攻撃の隙を伺っているはずの気配がない。手摺りを、地面を、鉄骨を蹴る音がしない。衣擦れの音がしない。

「――っ!」

 背後からの殺気。それに合わせて剣を振る黒衣のサーヴァント。だが剣は何も捕らえない。
 代わりに何の前触れも無く男の太腿が切り裂かれ、鮮血が噴き出す。
 気配は全くしない。音ももちろんない。接近したはずのアサシンの姿が見えない。

「霧に隠れる宝具ですか。やれやれ、ややこしい事をなさるお嬢さんだ」

 脂汗を滲ませながら呟くサーヴァント。闇雲に振り回す剣が当たるはずはなく、その体に刻まれる裂傷だけが見る間に増えていく。
 余裕を滲ませる言葉とは裏腹に、表情は切羽詰っている。

「こ、こっちも宝具を使いなさいよ! アタシが殺されたらどうすんのよ、アンタ!」

 どうもこうもしない。別のマスターを探すだけだ、と心の中で唾を吐く黒衣のサーヴァント。
 そもそも貴方のような三下に従っているだけでもありがたいと思われなくてはいけないのに。
 それはそうと、確かにこの状況はマズイ。宝具を使うのも一計か、と考えていると

「アサシン、遊びすぎよ。どうしてマスターを狙わない」

 黒衣のサーヴァントのマスター。その後から突如声がした。
 咄嗟に振り向き、同時に飛び退く禿頭の老人。ぎりぎり喉元を掠めた太刀は、彼の首に掛かっていたロザリオの鎖を切り飛ばすに終わった。
 ロザリオは高々と宙を舞い、上の自動車用道路に落ち、跳ねて行った。端まで跳ねたロザリオはそこで壁にぶつかり、動きを止めた。

「ひぃ!?」

 詰まった悲鳴を上げる老人。太刀を振りぬいたのはアサシンのマスター、木佐波璃南。
 太刀から右手を離し、さらに一歩踏み込んで老人の左胸に貫き手を放つ璃南。
 その右腕には雷属性の魔術刻印が激しい光を上げている。
 第二関節まで刺さった右手から高圧の電流が流れ、老人の心臓が溜まらず破裂した。
 素早く手を抜く璃南。いかなる技術を用いたのか、傷口からは一滴の血液も漏れない。
 老人の死亡を確認すると、黒衣のサーヴァントに向き直る。表情はあくまで静寂。もしくは虚ろ。目立った感情のない瞳を向けて、気だるそうに言葉を紡ぐ。

「あたし達の勝ち。どうする? このままマスターに忠義立てして戦い続ける?」

 深い霧を挟んで向き合う両者。対峙というほどの殺気は両者にはない。

「どうやって、回り込みましたか?」
「ん? アサシンの霧に紛れて横の道路通っただけだけど?」
「あ、わたし以外にも何人か隠せるですよねー、この宝具。わたし以外だと少し効果が落ちますけど」
「どこからともなく余計なこと言わない。で、どうするの」

 その言葉に、即座に踵を返す黒衣のサーヴァント。

「生憎とその男に忠義立てするだけの義理も価値もありません。別のマスターを探させて頂きます」
「そ、じゃ」

 それだけ言葉を交わすと、黒衣のサーヴァントは霧の中に消えていった。
 霧が晴れる。己のマスターの横にアサシンがとことこと寄ってきた。

「いいんですか。逃がして」
「どんな宝具を持っているか分からない。強力なものだった場合アサシンが対抗できるか?」
「む……。じ、じゃあ、あっちが逃げなかったらどうするつもりだったんです!?」
「こっちが逃げた」

 肩を竦めると、璃南はしゃがみ込み、老人の死体に手をかざした。

「Rock on. Circuit engagement. System all green. V2, ignition. Fire.」

 短く呪文を唱えると、老人の体が燃え始めた。肉も骨も構わず焼く炎を横目に見ながらアサシンが感心した声を上げる。

お姉さま(マスター)ってこんなことも出来たんですね。てっきり電気しか使えないとばかり」
「電気って言わない。この程度は基礎中の基礎だ」

 脂っぽい臭いを撒き散らしながら、魔術の炎はたちまちに人体だけを焼く。
 数分もすると、老人の体は灰だけになった。それを足で払って川に落す。それだけで一人のマスターがこの世に生きた痕跡が消された。

「次はお前がバラバラにした奴らの始末よ。ほら、欠片を集めろ。タイルにこびり付いた血は仕方が無い、それぞれ焼くから」

 戦闘の痕跡が消され、夜が更ける。
 冬木の地で行われる第六回聖杯戦争の初戦は、アサシンの勝利であった。


サーヴァント設定に「バーサーカー」「アサシン」「黒衣の男」公開。






後書き
作者:やっと出来たー。
アサシン:のろまー、ぐずー、へっぽこー。
作者:今回はあんたか。
アサシン:だって今回はわたしの出番しかありませんし。
作者:士郎はー? イリヤはー?
アサシン:次回。
作者:ところで、この解体フェチですが――
アサシン:シャーラップ! ネタばれ厳禁。
作者:いや、今回の宝具でバレバレだろう。
アサシン:もちっと隠せー。
作者:それではまた次回。
アサシン:逃げたー。

TOPに戻る
二次創作TOPに戻る
inserted by FC2 system