剣鍔三重奏


 衛宮士郎が家にたどり着いたのは、すでに夜が明けかけた頃だった。
 バーサーカーとの戦闘後、真名の交換を済ませると魔力切れと疲労で士郎は気絶してしまった。
 彼女が語った所によると神代の魔術師であるアーチャーが、士郎の頭の中を覗けば簡単だったのだが、彼女がそれを面倒くさがった ため、士郎が目を覚ますまで二人は港にいた。つまりアーチャーがただボサーッとしていた。
 目を覚ました士郎に案内されて衛宮邸まで飛んできたアーチャーが目にしたのは、門の前に佇む白い人影だった。
 訂正。門の前に涙目で立っている白い人影だった。
 アーチャー、プチデジャヴ。ヘマをして立たされている子供に見えた。
 あー、懐かしいねぇとか言いながら門の前に着地する白い服の弓兵。風で乱れた柔らかそうな金髪を整えながら、着地の際に放り投げた主を指差し、

「君、彼の召使いかな?」

 一瞬の絶句の後に悲鳴か怒声を上げたのは、セラ。イリヤのメイドであるその人だった。激しく近所迷惑である。


 時が少し流れて、衛宮邸居間。
 そこには正座してセラに説教されている士郎がいた。
 手間と彼女の名誉のために詳細は省くが、イリヤスフィール様から電話が、とか、一晩中門の前、とか、サイレンが、とか言っていたようだった。
 それに士郎が、「つまり一人で怖かったと?」と要らんことをいって殴り飛ばされていたがそれはまた別の話。
 セラが落ち着いた頃を見計らったかのようにリーゼリットが起きてきた。「シロウ、おかえり」と、ただそれだけ言うと洗面所へ向かっていった。ちなみにまだ髪ボサボサ。セラが慌てて追いかけていったのもまた別の話。
 居間で寝転がっていたアーチャーが、「緊張感ないねぇー」と士郎に声を掛ける。ほっとけと士郎。このメイドコンビと会話すると緊張感がないのはいつものことだ。もっとも、ここ数年は日本にいる時間が少なかったために彼女達との会話も自然と少なかったのだが。

「では、私の方から状況を説明させて頂きます」

 こほん、咳払いを一つして喋りはじめるセラ。

「昨晩、イリヤスフィール様から連絡がありました。自分がセイバーを召喚したこと。既にサーヴァント同士の戦闘が行われたこと。エミヤ様とはぐれたこと。エミヤ様がなんらかのサーヴァント召喚に成功したらしいこと。エミヤ様のために武器を調達するように、などです。
 まったく、荒事なら貴方の仕事ではありませんか。それなのにイリヤスフィール様とはぐれるばかりか武器の手配までされ、しかもいきなりボロボロになってこられるとは。
 先日の襲撃の際も惨敗したばかりかお嬢様に危害を加えられるのをみすみす許したばかりなのにです。エミヤ様、かつて貴方が傭兵まがいのことをしたいと言うから手を尽くされたのはお嬢様なのですよ。その貴方がみっともない結果しか残せないのであればイリヤスフィール様のお顔に泥を塗ることになるのです。
 そもそも、(以下省略」

 ごもっともですと、うな垂れるしかない士郎。セラの後ろでアーチャーとリーゼリットがあっちむいてホイしているのはどうでもいいのか、セラ。
 一通り文句もいい満足したのか、セラがジト目で、「で、」と続ける。

「エミヤ様が召喚されたのはキャスターのようですが……」
「残念。アーチャーなんだな、私」

 あっちむいてホイを続けながらアーチャーが言う。あ、リズがセラに叱られた。

「キャスターの方が適性高いんだけどねぇ。遠距離攻撃を行う者という側面が私にはあるから、それでアーチャーとして召喚されたんだろうね。多分キャスターはとっくに召喚されているよ」

 ごろんと寝転がりながら言うアーチャー。今は黒の戻っている蒼の魔眼が士郎に向けられた。

「で、マスター。何をしに戻ってきたんだっけ?」
「ああ、そうだった。武器の調達にきたのだったな」

 士郎が昨日まで使っていた拳銃は二挺とも、両方ともランサーとの戦闘で破壊されていた。
 雷画の爺さんから貰ったトカレフ、まだ使えたかなとか言いながら土蔵に向かおうとする士郎。魔力は全然回復していないので、足元がおぼつかない。
 その士郎をセラが呼び止める。

「ですから! 私どもはお嬢様からエミヤ様の武器の用意を承っております!」

 へ、と振り向く士郎の目の前にリズがどかと荷物を並べる。

「セラ、頑張った。わたしも、頑張った」

 どことなく得意げなリズと、目録を読み上げ始めるセラ。

「まったく。魔術師がこのような銃火器に頼るなどとは言語道断なのですが……。
 内容はこちらで決めさせていただきました。Korth(コルト) コンバットリボルバーを一挺、マウザー 86SR狙撃銃を一挺、他にはTHV弾などとなっ……なんで私が一々読み上げなくちゃいけないんですか!?」 

 たたみに目録を叩きつけるセラ。なんでやねんとでも言いたげである。

「セラ、短気。もうトシ」

 ああ、青筋立っているよ。黙って聞いていた士郎がようやく口を挟む。

「いや、助かった。感謝する。よくたった数時間で用意できたな」
「……本家とは絶縁状態にありますが、貴族の血筋として恥ずかしくないだけの人脈は保っております。」
「……そうか」

 彼女たちが本家と絶縁状態になった直接の原因は、士郎に負けたことなわけで。

 まあ、その一言でセラがなんか随分静かになったので、士郎とセラが銃の動作確認を始めたり、アーチャーとリズが屋敷の結界を確認しにいったりした。

「侵入者探知の結界なんだね。ん……と、敵意を持った侵入者を探知して警報を鳴らすの?」
「うん、正解。イリヤとかセラだったら、平気で入ってこられる」
「ある程度以上の実力を持った対象にはすり抜けられる、か。とりあえず私の猝椨瓩鮨△┐討こうか。陣地を作れるわけでもないしねぇ……」
「むのー」
「!?」

「ああ、違います違います。それじゃ弾は出てきません、そこはこう……。ええい、不器用な人ですね! 銃の扱いも知らないのですか!」
「狙撃銃は久しぶりなんだ! 仕方なかろう! 後、一応器用な方だ!」
「私は鉄砲なんて握ったこともありませんよ!」
「うるせー!」

 士郎が銃の動作確認を終え、アーチャーが結界の確認を終えると、ちょうど朝食の時間だった。士郎が四人分(アーチャーは当然のように食事を要求した)の食事を作っていると、

「君たちの主人を探したい?」
「はい、イリヤスフィール様が昨晩、用心のために帰宅を避けられました。現在はサーヴァントを伴ってはおりますができるだけ早く御身の安全を確認したいのです。捜索にご協力願えますか?」
「協力って言われてもぉ、使い魔を飛ばすのは他の魔術師に見つかるかもしれないから止めたほうがいいし、できることと言えば占いかダウジングくらいのものだよ。それくらいなら君でもできるんじゃないかな?」
「それでも神代の魔術師である貴女のほうが確実性が高いと判断します」
「そうだねぇ……。ロハってわけにはいかないかな……」
「武器を用意したではありませんか!?」

 悲鳴を上げるセラ。一晩で集めるのに結構手間が掛かっているのだ。

「あれは、若白髪君の借りでしょ。……考えておくよ」

 にこりと、もしくはにたりと哂うアーチャー。セラは苦虫を噛み潰したような顔をする。
 衛宮士郎が、信用できると言ったからこのサーヴァントを信用してみようと思ったが、やはり信用ならない。
 そもそも、神代の魔術師ということは筋金入りの猖盻瓩任呂覆い。
 油断したら知らず知らずのうちに魂まで握られかねない。
 ……では、主であるこの青年は大丈夫だろうか。
 彼とて無条件で他人を全面的に信頼するはずはなかろう。
 彼はこの五年間、戦場に身を置いてきたのだ。
 だが、このお人好しは基本的に人間を疑わないのだ。心配するわけではない。しかし……。






 柳洞寺裏山、大聖杯直上付近。
 そこに間桐桜とキャスター・卑弥呼がいた。
 あたりに数体の影の使い魔を放ち、大聖杯へ通じる道がないかの探索を行っている。
 あるのならイリヤなら確実に道の位置を知っているのだろうが、昨晩電話をしたら不在とのことだった。
 桜はサーヴァントを召喚した後、アインツベルンの手の者に拉致された姉の保護を第一に考えたが、はっきり言ってどこにいるのか分からない。前回イリヤがしようしたという城も可能性としては高いのだが、こちらも位置が分からない。
 というわけで、あるということと大体の位置くらいなら分かる大聖杯を見に行こうと思ったのだが、

「気付いているかえ?」
「はい。十……十三ですか」
「うむ、そんな所であろ。用意しておけ」

 龍脈の要である柳洞寺に探知用の魔術でも張っていたのか、裏山に入ったあたりから何者かに監視されている気配がしていた。それは時間を追うごとに増え――

「あ、桜、お主何か踏んだから」
「……え?」
「いや、おそらく警報型の探知術だろう、お前が寺の門で踏んだものと同じものを今」
「ちょ……注意くらいして、って門でも!?」
「ああ、気付かなかったか? こう、砂で隠してあったのを。っと、くるぞ、後ろ!」

 言われ飛び退く桜。中年男性が腕を振り回しながら飛び掛る所だった。
 キャスターが、具現化した直刀でそれを切断する。

「屍術か、この程度でどうにかなると思っているとは。羽虫がっ!」

 四方八方から飛び掛る死体の群れ。卑弥呼が直刀を地面に刺し、袂から取り出した榊の枝を振る。水が珠となって散る。

高天原神留坐皇親神漏岐神漏美命以――

 刹那、キャスターと桜を囲むように不可視の結界が出現する。
 キャスター・卑弥呼の魔術特性は禊。病的なまでに他の魔を拒絶し浄化する潔癖の魔術。
 神代の結界に触れ、微弱な魔力で動かされている死体などが無事であるはずはない。その瞬間に燃え上がり、瞬く間に灰になる。
 さらに出現したのは動物の死体。大量のドブネズミ。
 百では足りない数のドブネズミが桜とキャスターの正面から、後ろから、左右から。
 既に蛆が湧いているその死体からは蝿が雲霞の如く這い出していた。蝿の羽音は、もはや騒音だ。

「小物であるだけでなく、悪趣味でもあったか。自分はちゃちな結界に篭っているようだが? そこな妖術師?」
Es erzahlt―――Mein Schatten nimmt Sie……!(声は遠くに   私の足は緑を覆う )

 呪文が撃鉄となり、結界の外、桜の影の先端から身長2m程の人型の影が体を起こす。厚みのない腕で、何もない空間を殴りつけた。すると、虚空が石を落とした水面のように波打った。
 指摘された上に攻撃を受け観念したのか、隠し身の結界を解いてサーヴァントが姿を露わにする。闇色のマントに身を包んだ陰気な男と、その影に隠れる、白スーツの男。
 黒衣のサーヴァントが右手に取り出したのは黄金の鍵。

「だんまりでいきなり怪しい物を持ち出したな」
「いえ、だんまりを決め込んだつもりはありません。ただ、語るべき詩を持ち合わせていなかったものでして。失礼」
「あの……」
「ふん、根暗な輩が詩とは笑わせる。詩人を気取るなら前髪切って出直せ。余計にみっともなく見えてるぞ」
「えと……」
「これはこれは。ご自分の美的感覚に自信があられるようですね、引き篭もり専門の魔女殿」
「主の陣地と妾の相性が悪かったのでな。ならばと打って出たわけだ」
「キャスター……」
「――なんだ? マスター」
「あそこにいるスーツの人、マスターじゃないみたいですけど……」
「んぁ?」

 鍵を片手で弄んでいた黒衣の男との会話を切り上げてキャスターが、後ろにいる白スーツの男を注目する。

「やあ! 僕チャーリィ! よろしくな! お嬢さん方! そしてこいつは将軍(ジェネラル)、強そうだろ」
「馬鹿がおる」
「マスターじゃないです、やっぱり」
「ふふん。確かに令呪は持っていないけど、こいつが現界するための魔力は僕が供給してやっているんだ。だからこいつは僕に忠誠を誓っている」

 そう言って、チャーリィが黒衣のサーヴァントに命令する。キャスターを倒せと。
 御意、とただ一言だけ述べ、黒衣の男、ジェネラルが腕を上げ鍵を回す。だが桜とキャスターは、つまり、後方にいて黒衣のサーヴァントの顔が見えないチャーリィ・山田以外のこの場にいる全ての人間は気付いていた。黒衣の男がこの上なく軽蔑した表情を浮かべていることに。
 彼は主を、電池扱いしかしていない。幾らでも代えは効くが、代えがないのでご機嫌を窺っている。ただそれだけ。隠そうともしていない。
 鍵が回され、結果として扉が開く。

金の小部屋(バルブ・ブル)

 真名が開放され、男の頭上の空間に穴があき、血液が音を立ててこぼれる。土砂降りのような血の滝に濡れた男はしかし、表情一つ変えない。
 沈黙を守っていたネズミが血に群がる。水音を立てて舐め始める。蝿が卵を産みつける。
 じゃらじゃらと音を立てて血に錆びた鎖が垂れ下がってくる。鎖の先には縛り付けられた子供。そして、鎧。
 唯一鎧を来た人型が一体あった。体型からみて女性であることに違いはなく、逆に体型でしか性別を判別できないような鎧で全身を覆われている。
 その下にあるのもやはり死体なのか、鎧の女が無言のまま剣を持ち上げる。傍らに吊るされていた剣は、彼女(と呼べるのなら)の身の丈程もある銀の大剣。
 鎖が血に錆びているにも関わらず、鎧と剣には染み一つなく、月か星かというくらいの光を放っている。
 華美を通り越してくどいほどの装飾が施された大剣を鎧の女が振り回す。
 柄が、刃の延長線上ではなく垂直に備え付けられているそれはインドのジャマダハルに似ている。しかし、大きさは桁違いであり、刃だけで使用者の身の丈程ある。
 左手用のグリップも用意されているので、剣というよりは動かないチェーンソウと言った方が近いかもしれない。
 その剣は宝具ではないのだろう。だが、相当な業物であるのは確かなようで、振り回す動作一つで、周囲のマナが切り裂かれ穢れた。
 美しい銀色からは想像もつかないが、その剣は紛れも無い呪いの剣。派手すぎて美術品としては二流であるその剣は、おそらく黒衣の男が、無尽蔵の血と脂を擦り込んだのだろう。死と呪いに汚れきっていた。
 結界の中でキャスターが直刃の刀を地面から抜く。結界という厚みゼロの境界を挟んで、息苦しいくらいに清められた空間と息詰まるくらいに穢された空間が隣り合う。
 ジェネラルの号令と共にドブネズミと死体の大群が殺到する。最後尾には銀の大剣を担いだ鎧の女。
 結界とネズミが衝突し、火花が散る――――。
 湧き出る蝿の羽音が大きくなっていた。
 レミングの大量自殺のように突進し、結界に阻まれ瓦解するドブネズミの屍骸。一列目が爆砕するや、二列目が屍骸を乗り越え、二列目が焼かれれば三列目が屍骸を乗り越える。それを妖蛆が喰い散らかし、幼虫は瞬く間に成虫となる。
 そして辺りに溢れる骸に群がり卵を産み付ける。結果、結界の外部を飛び交う蝿の数は加速度的に増えていった。
 桜の使い魔たる影の人影が腕を振り、人間の屍骸を打ち払う。影は肉食獣程度の戦闘能力はあるので、人間の範疇内の動きしかしない死体などに遅れをとるはずはない。
 絡め取り、締め付け、砕く。新たに二体の使い魔が身を起こし、数十のドブネズミの死体をまとめてひき肉にする。
 その使い魔に、鎧の女が斬りかかる。本人の胴体程の幅を持った銀色の刃が弧を描き、使い魔の一体を呆気なく二つに分けた。
 全身を、顔まで覆われ、その生死すら判別できない姿が次の獲物に狙いを定める。
 だが、質量のない影の動きは素早かった。鎧が動き出す直前、影が鎧を捕らえる。その締め付けに軋みを上げる銀鋼の鎧。
 それを切り裂く別の刃があった。黒衣の男のマントから流れてきた水銀が剣に形を変えて影を裂く。
 身を返し踏み込む鎧の女。踏み潰されるネズミ。幹竹に振り下ろされる大剣。軌道上に存在する蝿が刃に触れ、腐り死ぬ。
 剣が使い魔を切り捨てた。分が悪いと判断したのか、桜が残りの一体を引っ込ませる。

「腐蝕の呪い付きか。趣味の悪い」

 キャスターが吐き捨てる。彼女らの視界は飛び交う蝿で暗くなっていた。

「しかもこの蝿。まさかとは思うが何でもないわけはあるまい?」
「ご名答。見せて差し上げましょう、我が必殺の宝具」

 蝿の羽音が唸りを上げる。耳障りな音が収束し、黒衣の将軍を取り囲む。
 蟲の群れが球を成す。そして、真名が明かされる。

蝿の王(ベルゼビュート)

 聖書はマタイ伝、ルカ伝に登場する魔物が、大量の蝿と血を触媒に刹那の間だけ召喚される。
 蝿の群れを突き破って現れたのは巨大な豹。トレーラー程はあるだろうか。
 狼のような咆哮を一つ上げると、キャスターに狙いをつける。
 口腔に満ちる紅い炎。距離、わずか10m。
 卑弥呼が魔力を集中させる。対抗する宝具を発動させようとしたのか。だがそれより早く、収束した赤の炎が放たれる。
 天から堕ちる星屑の如く、帯を引いて着弾した。

サーヴァント設定『黒衣の男』→『ジェネラル』更新。




後書き

作者:というわけで第……五話でした。題名に無駄に力を注いだ結果、ファイル名と話数が合わなくなっています。何を血迷ったのだ、昔の自分。
アーチャー:後書きの書き方も、好きだと言う人と寒いという人にきっぱり分かれていると知っていてこの形を採用したしぃ。
作者:そもそも第六次なんつー、どうしてもオリキャラ増えるわ、こないだ隕石が落ちたわなネタを……。
アーチャー:愚痴はみっともないよー。
作者:おめーらの喋り方一つ把握するだけでも一苦労なんじゃー。

作者:今回は、前回の残りと、桜サイド開戦でした。パワーバランスの調整も兼ねて桜には犧納絖瓩離ャスターで頑張ってもらいますがさてはて。

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