呪われたもの



 着弾と同時に、赤い火柱と黒煙が上る。熱風がジェネラルとそのマスターの所まで吹きつけ、剣を下段に構えたまま待機する鎧を赤々と照らした。
 送還されていく魔神。殲滅の炎を吐いた口腔は炎よりなお赤く、腐肉のように瑞々しい。

「(キャスター!)」

 キャスターの主である間桐桜が悲痛な叫びを上げる。巫女が刹那の間に展開した結界は未だ炎を防いでいる。が、宝具により召喚された魔獣の攻撃に、確実に破られつつある。
 一瞬毎に桜の魔力が汲み上げられていく。視界がブラックアウトしそうになる。脳髄が破裂しそうだ。視野が暗い

「(キャスター……!)」

 サーヴァントは返事をしない。返事をする余裕などない。
 結界が融けていくのが見える。足りない。この壁では足りない。
 なら、付け足せ。

 間桐桜が令呪の使用を決断する。今使うのでは駄目だ。劣勢の結界を維持するのにキャスターの魔術回路が使われている。
 チャンスは一度、壁が崩壊し彼女の魔術回路にかかる負荷がゼロになる瞬間。その瞬間に最大出力で新たに壁を張る。

「(対火に特化した結界を用意)」

 一つ目の令呪が消える。同時に、既に限界まで回転している卑弥呼(キャスター)の脳裏に、主人の望む結界の構築式が展開される。
 それが、暴風となって主従両方に襲い掛かる。締め付けるような圧迫感と進行する視野狭窄。
 そして結界が……割れる。

「押し返しなさい!」

 二つ目の令呪が開放される。顕現した防壁は火という現象に限って最大の防御を発揮する。
 真空による遮断、鏡面による反射、そしてそれらを包む対火という概念が魔獣の放った炎を押し返し、拮抗が崩れた攻撃は行き場を失い爆発という形で開放された。

 消滅しつつある魔獣は満足げに口を歪める。それは勝利を嬉しく思うのか、己の力を顕示できたことを喜ぶのか。
 だが刮目せよ魔獣。その炎はぬる過ぎた、巫女を焼くには。
 火柱が収束する。屑を一つにまとめるように。それにより視界が開ける。
 キャスターは、右腕が半ばまで炭化し、全身が焼け爛れていたが、致命傷は一切負っていない。左手に残っていた炎は握りつぶされた。
 当然、マスターたる桜は産毛の一本たりとも焼かれてはいない。

「惜しかったな、妖術師! その程度の炎で妾を焼くこと能わぬぞ! 貴様の魔力で妾を滅したくば雷を、鋼を持って来い! 炎で妾を殺すには足りぬぞ、噛ませ!!」
「――ですが貴女は重傷です。残念ですが私でも容易く殺せる」
「これが? これが重傷か?」

 言うやいなや、キャスター(卑弥呼)は再度魔力を充填、宝具を発動させる。

「この程度、蟲に刺されたようなものよ! 八咫鏡(ヤタノカガミ)!!」

 真名が宣言され、一枚の鏡が現界する。円形のそれは、人間の上半身程もある巨大なもの。磨きぬかれた鏡面は外界を鈍く映し出し、ニ柱の炎鳥が虚像の世界で飛ぶ。
 現出した円鏡から陽光に似た光が漏れる。
 陽炎のように立ち昇る光が宝具の力を発揮した。
 映像を巻き戻すように、キャスターの傷が消えていく。炭化した腕は崩れ落ち、桃色の傷口から骨が生え、肉が実り、皮が張られる。爛れた火傷には新しい皮膚が生まれた。
 数秒もせずに一切のダメージが姿を消した。
 その鏡は不老長寿を約束する鏡。妨害するものは、怪我、病、呪い、何であろうと潔癖なまでに打ち消す神器。
「ああ、自己紹介が遅れた。我が名は卑弥呼。アマテラス、と呼んでもらっても構わぬ」

 神格化された古代の巫女が名乗る。ジェネラルが、自ら真名をばらした? と呻く。

「分かっているようだな愚か者め。とうに詰んでおるわ、汝等」

 瞠目する黒衣のサーヴァント。その理由は、足場の崩壊。地中を伝ってきた架空元素が水のように噴き出す。その影の水は高さ2m程の影の人型となりジェネラルの後方、主たるチャーリィ・山田の眼前で拳を振り上げる。

 音叉が震えるような咆哮を上げる影。必殺のタイミング。だがその拳は、桜が一瞬躊躇したのか目標(頭部)を外れ膝に当たる。
 大型車さえ一撃でスクラップにするその拳は、一人の人間に向けられるには明らかに過大だった。
 不快な音を立てて砕け折れる膝、腐った果実のように潰れる。断末魔の悲鳴が湿った不協和音を響かせた。
 桜が「しまった」という表情をした。すぐさま影の使い魔が再度拳を振り上げるが、それを許されるはずがなく、使い魔はジェネラルに切り伏せられる。

「(っ、桜!)」
「(すみません、――迷いました)」
「(っ、――汝、人を殺したことはないのだろう? 仕方ない。魔力の余裕は?)」
「(さっきの使い魔一体分といったところです。キャスターは?)」
「(ちょうど残り三割といった所だ。大規模の結界、宝具と続けたからな)」

 正直な所、宝具の使用より対火結界の方が負担が大きかったくらいだ。

 魔力の残りが心もとなくなった者と、指揮官が負傷した者、互いに動きが取れずにしばし時間が経過する。
 鎧の女が剣を構え直す音に桜が反応し、ジェネラルが目で制止する。ただ一人、チャーリィがさっきから「痛い痛い」と喚きジェネラルに迷惑そうな顔をされているだけだ。
 じりじりと気温が上がっていく。だが、滴る汗をぬぐう動作すら均衡を乱しそうだ。

 そこに、衝撃波を伴い弾丸が超音速で飛来する。命中したのは、チャーリィの砕けていない方の膝……の横、十五センチ。






 時間を巻き戻す事一時間半ほど前。

「うう……」

 イリヤスフィールは目を覚ますと、反射的に頭の横、コンクリートの床を平手でぶん殴った。
 大抵そこには目覚まし時計があり、大抵目覚めた直後のグダグタ感を楽しんでいる最中に鳴るので、目が覚めると目覚まし時計を止める習慣が出来ている。
 目覚まし時計の意味、無し。
 だが不幸かな。その日その場所に時計はなく、愛用の低反発マットレスもなく、打ちっ放しのコンクリートがあるだけだった。当然、痛い。

「あうう、痛い」

 緩慢な動きで手をかかえるイリヤ。「起きましたか、イリヤスフィール」とセイバーが実体化する。ウェーブが掛かった白金髪が日光を透かして輝いている。が、夏にそんなものを見ても暑苦しいだけだ。

「ねえ、その髪切らない?」

 軽く無視するセイバー。寝ぼけているのが丸分かりの声で言われて真面目に取り合うはずもない。「うぇ〜、そ〜のぉかむぃひやなぁい?」としか聞えないのだからなおさらだ。
 半分寝たまま髪を手櫛で整えるイリヤ。

 昨日、橋で戦闘を行った後深山方向に去った敵と遭遇することを懼れて新都に残った。
 朝になったらすぐに深山に戻るものだとセイバーは思っていたのだが……。

「図書館、ですか」
「うん、セイバーが自分の真名分からないのだから、覚えている生前の記憶から推測するしかないでしょ?」
「ええ、まあそうなのですが。文献に自分の情報が載っているか分かりませんよ?」
「そう?」
「はい、その、私は信仰により英霊に昇華したのではなく守護者契約により英霊となったのです。おまけに生前の記憶が曖昧になっており……。あくまで私の感覚で言いますと守護者となってからの膨大な犁録瓩棒諺阿竜憶が埋れているような磨耗したような……。うまく表現できませんが」
「いや、その辺のカラクリは興味ないから。覚えている記憶はどんなもの?」

 建設途中のビルが外に出て、早朝営業の飲食店に向かう道すがらイリヤとセイバーが会話する。

「ええと……私個人に関する情報はあまり思い出せません。契約を促す世界の声は熾天使ミカエルを偽っていましたが……」
「ストップ。なんだか読めたわ。世界と契約したのって十七歳のときかしら?」
「明確に覚えているわけではありませんが、そのくらいかと」
「はあ……貴女物凄く有名な英雄じゃない。信仰だけでも十分に英霊やっていれるわよ」

 頭を抱えるイリヤ。そんなマスターから目をそらしたセイバーがぽつりと言う。

「順番が違います、マスター。私は死後を売ったがために英雄となれたのです。今の時代に於いて私が信仰の対象となっているとしたら、それはそのためです。契約がなければ私は」

 ただの小娘でした。
 イリヤは何も返さなかった。

 セイバーの真名に見当がついたこともあって、予定を変更し深山に足を向ける。ちょうど大橋に差し掛かった辺りでイリヤは見慣れた人影を見つけた。

「あ、セラー! リズー!」

 見慣れた不審者発見。訂正、メイドコンビ発見。橋の途中で佇んでいた。

「お迎え?」
「はい、エミヤ様のサーヴァントが、お嬢様がここをこの時間に通ると予言されたので」
「シロウの? 器用なのね」
「はい、又、大聖杯直上での戦闘も同時に予言……"サーヴァント同士の戦闘なんていう大事、予言を行えば嫌でも感知する"だそうです」
「ふぅん。予言方法って?」
「チャネリングでした。言ってしまえば」

 セラがため息をつく。確かにチャネリングだった、あれは。気味が悪いことこの上ない代物だったが。捕って食われるかと思った。

「じゃ、シロウの所にいこうか。どうせわたしを待ったりはしてないんでしょ? あーあ」

 肩の高さで手の平を上に向け首を振るイリヤ。「分かっちゃいるけどね」といっている。

「お言葉ですがイリヤスフィール様。貴女が戦闘に介入する必要はないと思われます。エミヤ様も漁夫の利を得るつもりでしたから、アーチャーに任せておけばよろしいかと」
「そうね……。でも、シロウがやられそうになったときのために近くで待機っ、キャ!」

 突然、セイバーがイリヤの襟首を掴むと、宙に飛び上がった。高い放物線を描きながらイリヤに何か訊いている。イリヤが柳洞寺の方角を指差したので、大聖杯の位置を訊いたのだろう。

 着地と同時に再度跳躍、指差された方向に跳んで行った。

 後には置いてけぼりのメイドコンビが残った。






 銃弾が外れたのを見ると、すかさず士郎は猟犬を放つ。「アーチャー!」掛け声と共に弓兵が飛び出す。敵陣からも、鎧を纏った兵が飛び出すのが見えた。
 砲弾のように飛ぶアーチャーとの一キロ近い距離が瞬く間にゼロになる。激突、二人はそのまま数百メートルをアーチャーから見れば前進した。抉られる山肌。
 一旦離れると、アーチャーは剣の間合いからは遠く、かといって退くには近すぎる距離を保ったまま散発的に攻撃を開始する。

 一方、士郎は敵マスターに攻撃を再開、散弾入り弾丸であるセイフティ・スラグ.三○八口径弾が超音速で飛来する。それを肉の装甲が受け止める。

 新しく展開された死体、その数、十。うち一体が狙撃銃から発射された弾丸により行動不能に陥った。
 残り九体が士郎に迫る。だが彼我の距離は約一キロ。疲労を知らない死体が全力で走っても二分以上かかる。
 士郎はボルトを操作。真鍮の空薬莢が排出され、地面に跳ねる。
 撃鉄とボルトを交互に操り狙撃銃を三回撃つ。うちニ発が命中、陸上選手さながらのフォームで奔っていた一体の屍骸が腰骨と下顎を粉砕されもんどりうち転倒。
 足場が悪いのと、勢いがつき過ぎていたため屍骸が盛大に転がる、ゴムボールみたいに跳ねる。元々腐りかけていたため手足がもげ腐敗液が飛び散った。

 その残骸を踏みつけ、乗り越え、飛び越え、腐りかけの死体が疾走する。
 乗り損ねたバスを追いかける集団とでも例えられようか。踏みつけられた死体には足形がくっきりと残っていた。
 疾走する脚には残骸が引っかかっているがまるで気にする様子がない。
 引きずられる肉片が地面の凸凹でビタンビタンと跳ねる。

 士郎は、残り四発全弾を撃ちつくし、その時点で行動可能な死体は六体、士郎との距離は百メートルを切る。
 マウザー八六SR狙撃銃を地面に置き、長いアタッシュケースのような黒塗りの金属製ハードケースを持ち上げる。

「ホラー映画だな、まるで」

 死体の集団が目前に迫る。横殴りに振られる腕をかがんでかわし、ケースを腹に叩き込む。
 同時に持ち手を握りこむ。ケース内蔵のMC51オートライフルが作動し、少々オーバーな発砲音が三回した。命中した体内でセイフティ・スラグの散弾が撒き散らされる。死体の上半身と下半身が分離し、慣性の法則に従い転がっていく。

 転がる死体を追いかけるように士郎も反転、すぐ後ろまで迫っていた一体をケースの尻で打つ。
 頭部がひしゃげ、鼻の穴から豆腐混じりのミートソースが撒き散らされる。士郎の顔にも腐りかけの血液が掛かった。

 だが、胴体は動きを止めず士郎に掴みかかる。蹴り返そうとした脚が何かに抑えられる。

 下を見ると、先ほど分断した上半身が右足に、下半身が左足に絡んでいる。
 舌打ちをする士郎。直後、左袖からリボルバーから滑り落ちてくる。Korth・コンバットリボルバー。左足に絡み付いている下半身の股関節に軽量高初速弾である所のTHV弾を一発撃ちこまれ、腱が切れたのか片脚から力が抜ける。
 右の上半身がブーツに歯を立てるが、逆に腐りかけていた顎が外れる結果に終わった。士郎が足を振ると腕もあっけなく肩から外れる。力なく垂れる腕。振りほどかれた死体が士郎から離れる。

 しがみ付いている脳なしの死体のすねを蹴りつける。転倒する死体に銃弾を叩き込み、四肢を分断する。
 周りで細切れになった単品の手足が蠢いている。だが士郎はそれを無視。取り囲んでいる四体の死体に目を配る。

 声を上げ威嚇する死体。

 ケース内に装備しているオートライフルの残弾は十三、リボルバーの残弾は五、魔術の使用は不可能。魔力の回復がまだ――むしろ一向に追いつかない。回復した端からアーチャーが吸い上げていく。

「っ、考えて撃てよな」

 一キロ向こうで派手な戦闘を行っている従者に、聞えないと分かりつつ愚痴る。

 四方から一斉に死体が攻撃をしかてけくる。正面から向かってくる一体とすれ違いながら膝目掛けてケースのオートライフルンを発砲、フルオートで四発撃ち、一発が命中した。
 ひざが千切れる。バランスを崩した死体が転び、それを他の三体が跳んで回避、うち一体が腹にリボルバーの弾丸を撃ち込まれ後方に転倒する。
 士郎が反転し、続いてレーザーサイトの光線が扇を描く。

 残りの二体が爪を振りかざすが、両手の銃を発砲、腹部に命中しセイフティ・スラグ弾を三発受けた死体の身体が破裂した。
 今と先ほど腹にリボルバーの弾丸を撃ち込まれたニ体が立ち上がる。腹圧で腸がブリブリとはみ出してきているが、当人(?)達は気に留める様子はない。

 片膝を破壊された死体が腕と片足で移動する。人間というよりは虫に近い動きである。
 移動する死体を追いかけるようにオートライフルを連射、残り十発中四発が命中し、その死体は木っ端微塵という表現が実に似合う状態になり行動不能に陥る。
 逆サイドから這うように移動してきた一体にリボルバーを上から撃ち込み、地面にへばりついた所をケースで殴りつける。
 骨が捻じ曲がり肉が千切れて動けなくなるまで何度も何度も。

 最後の一体が反撃不能になったのを確認し、士郎はようやく攻撃を止めた。
 辺りを見回すと、一面にバラバラになりつつも蠢いている死体のパーツが散らばっていた。
 血臭と腐臭がひどい。士郎の体やケースにも腐敗液がべっとりとついている。

「――洗濯しても落ちないよな、これ」

 士郎は置きっ放しにしていた狙撃銃を回収し、もう一度散らばった肉片を見やる。

「さすがに再生したりはしない、か。焼くしかないか?」

 他はどうなっただろう、と見てみる。士郎が来た時点でほぼ膠着状態、やや桜が有利かのように見えた。
 そこに自分とアーチャーが加わったのだから桜の身に害が及んでいることはないと思うが。

 推測はどうやら当たったようで、少なくともアーチャー、桜、キャスターの全員が無事だった。
 そして、鎧の敵兵がアーチャーに敗れつつあるようだった。



 神代の魔術師を相手に、彼女は善戦したといっていい。
 所詮は使い魔の類であろう。しかも、鎧や剣の意匠を見るに、黒衣のサーヴァントは中世の英霊なのだろう。
 神秘の格が違う。神話の住人に歯向かうには時代が若すぎた。
 比べるまでもない戦闘。
 解けた詰み将棋。一手毎に確実に追い込まれていく。

 回避により崩されるバランス、やむを得ぬ防御に回される剣、失っていく運動エネルギー。

 そして、動きが止まった。止まらされた。
 空気が渦巻き、アーチャーの手の先に二酸化炭素が収束する。
 それを見ていた桜に、次の瞬間衝撃波が叩きつけられた。前触れもなく、風だけが音を立てて通り過ぎた。
 一方鎧は融け、鋼鉄の飛沫が散弾となって下の体を貫く。衝撃波を最も受けた体躯は細く、軽く、故に宙に舞う。
 だがそれは計算の内だったのか、空中で体勢を修正すると、両手の大剣をアーチャー目掛けて投げつける。
 亜音速で迫るそれは魔力障壁によって容易く止められるが、その時アーチャーの意識は防御に向けられていた。
 一旦着地した鎧の女が着地の反動そのままに再度跳躍、アーチャーの細い足首を掴む。

 落下しつつ彼女は使い魔を撃ち落そうと神言を紡ぐ。使い魔はさせまいと拳を振り上げる。

 ――使い魔の主は、水銀の刃を振るう。傾ききったはずの天秤をもう一度乱す。
 弓兵の背中の肉をごっそり削り取る一撃。咄嗟の構成故極端に鈍くなっていた刃は、だからこそ裂傷のような汚い傷跡を残す。
 ジェネラルと交戦中だった桜の影が、完全に無防備となっていた黒衣の将を締め上げる。叩き付けた剣は魔力の盾に弾き返される。
 地面に叩きつけられた全身から血煙が上がった。

 同じように組み伏せられたアーチャーの心臓に向けて使い魔の手刀が照準される。
 鎧の女の背中に、数百メートルの後方から発射された狙撃銃の一撃が着弾するが、強化の魔術もかけられていない弾丸が鎧を貫けるはずもなく、一秒の時間も稼ぐことができなかった。

 手刀が放たれる直前、静止の声がする。

「止まりなさい、全員」

 その場のほぼ全員の注目が一箇所に集中した。
 そこには、喉元に剣を突きつけられている、ジェネラルの仮初りの依り代であるチャーリィ・山田がいた。
 剣を突きつけているのはセイバーのサーヴァント。静止の声を発したのはそのマスター、イリヤスフィールだった。

 それを見た黒衣のジェネラルが漏らす。

「ジャンヌ……まさか」







 かつて、フランスとイングランドの間に戦争が勃発した。
 後に「百年戦争」と呼ばれそれるは、フランスの王位継承問題がこじりにこじれて引き起こされたものだが、戦争の大勢は、今は関係ない。

 開戦から実に九十年後、劣勢のフランス軍に一人の英雄が現れる。

 ジャンヌ・ダルク。

 救世主とも聖女とも呼ばれる彼女は進軍を続け、一度は陥落した都市オルレアンをわずか十日程で解放させる。
 幼い聖女の活躍にフランス軍の士気とリビドーは急上昇、解放の原動力となった。
 ただの農家の娘が軍隊を動かし、数多の将が集った。彼女を英雄たらしめたその超人的求心力はカリスマと呼ぶにふさわしく、後の皇帝ナポレオンが自身のプロパガンダに用いる程であった。
 しかし英雄も所詮は子供だった。
 たしかに彼女には一つの戦争を左右するだけの力があったかもしれない。だが、そこまでだった。
 天秤がフランスに傾き始めると、イングランドと和平を結ぼうとする一派と、ジャンヌ等戦闘続行を主張するタカ派が対立、政紛の結果ジャンヌと有能な部下達は散り散りになっていく。
 そして一四三○年五月、マルニ奇襲作戦の失敗を以ってジャンヌダルクの戦いは幕を下ろす。
 その後はよく知られるとおり、フランスはルーアンにて火刑に処され彼女は短い人生を終えた。

 そのジャンヌダルクと共にオルレアンの戦いを勝ち抜いた副官が、ジル・ド・レイという男である。
 彼はジャンヌと共に打ち立てた戦果が評価され、元帥の称号を得るまでになった。
 今日、彼もまた英雄として称えられている。
 だが、聖女の死を境に彼の人生は狂い始めた。
 自身の上官であり、自軍の象徴であった乙女が異端者として焼かれたことが、彼の正気のたがを外したとも伝えられる。
 後の人生は狂ったものだった。
 少年愛(ショタホモ)。快楽殺人。黒魔術。悪魔崇拝。錬金術。
 彼の居城の周辺からは幼子が姿を消し、血臭と腐臭が吹き上がる城では連日怪しげな儀式が執り行われた。

 元々英雄たるポテンシャルを持つ人間がそれらにつぎ込んだ負のエネルギーは凄まじいものとなった。
 史上稀に見る大量快楽殺人者。
 それが、聖女ジャンヌダルクを慕った一人の男の終着点だった。

 異変を察知した教会の捜査とジル本人の軽率な行動により、全ての事実は明るみに出る。

 そして、時の聖堂教会は彼を捕らえた後、愕然とすることになる。

 規模はどうあれ、一貴族の狂態でしかないと思っていた一連の行動は、見事に実を結んでいた。
 城内を徘徊する死体達。それらは全て確かに絶命しているにも関わらず動いていた。腐敗液を滴らせながら生人と変わらぬ動きを見せるおぞましさに、地元の神父は発狂した。現場から逃げ出し、制止する人間を振り切って彼は七日七晩走り続けた。発見された時、神父は栄養失調と脱水症状で体はミイラのようになり、掻き毟り続けた頭皮は剥がれ、頭蓋骨が露出していた。

 日が暮れる頃、マシュクール城の門前には百人を下らない数の人間が集まっていた。
 案内役の、地元の神父。ローマから来た異端審問官、ヴァチカンからを主として派遣されてきた代行者、近隣からかき集められてきた騎士団の構成員、倫敦から派遣された魔術師――居心地が中々に悪そうだ――。
 戦闘に立っているのは小型の破城槌を抱えた騎士団の構成員だ。主が捕らえられたとはいえ、そこはある程度以上の魔術師の工房だったかもしれない所。結界、封印を破るために造られた聖別済破城槌が用意された。

 限界まで捻られた筋肉が放たれ、槌が結界に叩きつけられる。城を包む結界に衝撃が伝わり、裏側の一点に収束した瞬間、音もなく崩れた。
 破城槌を抱えた構成員が下がり、代わって武器を携えた兵が扉を開ける。

 城内は静まり返っていた。つい数日前までいた召使い達もおらず、空気も停滞している。ぞろぞろと入ってくる人間が一様に安心した顔をする。いきなりスプラッタは人並み以上に慣れているとはいえ御免だ。
 先頭を歩く兵も警戒を解く。それはとてつもなく迂闊なことだった。まだ入り口だというのに。

 盾を引っさげていた兵の上に一体の屍体が落ちてくる。床に落ちた盾が鈍く鳴る。逆に人間達は静まり返った。
 黙りこくったうちの何割かが屍が落ちてきた方向を見上げる。

 ――死体がいないのは、どうやら入ってすぐの所のみだったようだ。天井には死体が数十体張り付いていた。突然音を立てて開けられた扉からはわらわらと、音がしそうなくらいわらわらと動く屍が湧いて来た。
 一人が悲鳴を上げ、一同は軽くパニックになった。

 結論からいえば、屍は総じてただの人間なみの戦闘能力しか持っていなかった。百体近い死体に対して、死者一、負傷者六という数字上は圧倒的な結果だった。
 だが、当事者達の顔は暗かった。というのも、死傷者のうち死体により直接傷つけられたのは出だしに踏み潰された一人のみだったからだ。
 負傷者は全員味方同士の事故が原因。よく狙いもつけずに投げられた黒鍵が脳天を直撃し――投げ方が不味すぎて刺さりさえしなかった――脳震盪を起こしたのが一人。後ろに跳んだときに背中が衝突し脊椎を痛めたのが二人。 ナイフを足に落としたのが一人。目の前の相方に死体と間違えられ焼かれ、三度の火傷を負ったのが一人。魔術回路が暴走して人事不省に陥ったのが一人。
 騒動の最中、発狂した地元の神父が逃げ出したが、彼を止めようとして引っかかれた者も負傷者に加えるならその数は倍に膨れ上がる。

 まるで新兵のような有様に全員が暗鬱な雰囲気を纏っていた。

 後日の調査により、死体はジル独自の使い魔によって操られていたことが分かった。
 レウコクロリディウムやハリガネムシといった寄生虫が存在する。それらは宿主の行動を操作する類の寄生虫である。前者はカタツムリ、後者はカマキリや人間に。
 死体を操っているのも寄生虫だった。それは全長十五センチほどの細長い線虫で、色は白っぽい黄色。頭部が二股に分かれていて、片方から伸ばした触手を人間の主立った神経に刺し、そこから電気信号を流し行動を支配する。もう片方は一般的な頭部で、人間の血をすする。
 それは尻からナノ単位の太さの糸のようなものを出し、全身の他の寄生虫と繋ぐことでリンクしあい、宿主の行動の支配に秩序をもたらす。
 この寄生虫は人間の血液のみを餌とし、血液などを経て卵を異なる個体に産み付けることで増殖する。魔術的に設計された卵は新しい人間に潜り込むとものの数分で孵化し、全身に移動する。だが、この卵や寄生虫自身が人間の免疫機能の攻撃対象となるため生きている人間では都合が悪い。
 そのため寄生虫は人間の死体を宿主に捜させる。無い場合は作らせる。そのため、この寄生虫に操られた死体は生きている人間を襲う。
 操られた死体は動くし、呼吸、鼓動といった生命活動も行っている。やらせてみれば性行為も可能だろう。死体の精液、膣液等から寄生虫の卵が検出され、卵自体も粘膜を介して個体を移動することが可能だったからだ。寄生虫の繁殖に必要な機能だけが残されている。
 この寄生虫を調べた学者は一様に首を傾げた。何のためにこんなものを作ったのか見当がつかなかったからだ。私兵が欲しければ普通の使い魔でいいではないか。柔な人間の体、しかも腐りかけで脆いものを使っても意味がない。
 単なる趣味か? この死体を動かす寄生虫を調べただけではジル・ド・レイの意図はつかめなかった。


 ――話を戻す。兵たちは城内を徘徊する屍体を駆除しつつ、城内の探索を進める。
 そのうちの一団が工房を発見した。その中の第一印象は死体置き場だった。

 屠殺された少年達は、あるものは継ぎ接ぎにされ人造人間になっていた。ちょうど、フランケンシュタインのモンスターのように。
 それらは完成間近で放棄されており――作成者が途中で興味を失った様子が読み取れた――、愚かにも教会側が誤って起動させた人外の戦闘能力を持つそれらに葬られた教会の代行者、騎士団の構成員の数は、陸軍一個中隊に匹敵した。

 工房の中を見てまわる。一部の者はこれ以上ないくらい見慣れた拷問器具を始めとして、麻薬、媚薬、蛇や蜥蜴の干物がそこら中に散らばっていた。
 壁に何か大量にこびり付いていたので何かと思って調べてみると、精液だったりもした。
 そのうち一人がガラクタ――絵本から三角木馬やスパイク付き鞭まであった――の奥に巨大な棺桶があるのを見つけた。並の棺桶の十倍以上ある代物であり、特に封はされていなかった。埃が積もり、底面には黴も生えているようだった。
 何はともあれ開けて見なくてはいけないと思ったその男は蓋を開けた。
 近くにいた同僚が「お、開いた開いた」という声を聞いたので目を向けると、顔面に何かがぶち当たり、その男は見事にノックアウトされた。当たった物は、棺桶の蓋を開けた男の頭部。 棺桶の中には継ぎ接ぎの人造人間が詰め込まれており、十分量の酸素に触れたために起動し、起動したときに目の前にあったものに手を伸ばした。
 運の悪い事に、人造人間の強度と筋力が高すぎたために、高速で掴まれた首が千切れてしまった。
 棺桶の中から次々と人造人間が出てくる。出てきた人造人間達は首なしの死体に驚き立ちすくんでいる。最初に首をちょん切ってしまった個体は泣き出していた。
 次々と集まってくる代行者、騎士団員が人造人間に刃を向ける。
 怯えた人造人間達はいやいやをするように首を振り一箇所に固まる。
 それを好都合と見た一人の代行者が爆破作用を持つ槍を投げた。槍は難なく着弾、指向性を持った爆風が周囲に拡散せずに人造人間を叩く。
 だがまるで効果がなかった。いくらか煤けただけの人造人間達は、今度は彼らがパニックを起こした。
 目に入る人間に襲い掛かる人造人間。単純身体能力は並の死徒より遥かに高いそれら。だが、本来なら恐慌状態の敵相手に手こずるはずはなかった。
 いかせん部屋が狭く、散らかり過ぎていた。人が多すぎた。非戦闘員もいた。回避したつもりがブービートラップを踏み串刺しになる者、部屋に突入したはいいが状況を飲み込む前に殴り殺される者が続出した。
 狭い部屋とさらに狭い入り口。たったこれだけの要因で、教会側の行動はまさに戦力の逐次投入そのものに陥った。
 ただ暴れるだけの相手に一方的に殺される戦力をただ垂れ流すだけの時間が過ぎていった。
 ようやく全ての人造人間を始末した頃には、初めは百人以上いた人員は十人強にまで減っていた。
 非戦闘員を除くと、五人しか残らなかった。彼らは工房内に築かれた死体の山を呆然と眺めるしか出来なかった。
 ようやく次の行動に移ったときは、とうに夜が明けていた。

 これもこれも後日分かった事だが、人造人間達は同じような体格の少年達から特に形のいいパーツを切り取って、防腐処理を施した上で継ぎ接ぎされていた。
 また、どれも男性器が取り除かれ、人工の女性器が取り付けられていた。
 これを聞いた学者達は顔を見合わせた。先立って調べた動く死体の中にも女性器が取り付けられた少年のものがあったからだ。また、女性――城のメイド――の死体はやけに状態が良かったことも思い出した。
 奴が欲しかったのは動く女性の死体らしいことが見えてきた。

 人造人間がいた部屋の地下の工房に設置された巨大なフラスコは薄緑色の液体で満たされており、そこには無数のホムンクルスが浮かんでいた。
 フラスコに取り付けられた装置は停止しており、ホムンクルスはどれも死んでいるようだったので安心してフラスコから引き上げられた。
 水揚げされたそれはその場で解剖され、神経の一本まで解析された。
 ようやく出番が来た魔術師達が張りきりだす。
 身体構造は人間と同じ。酸素を吸い、水を飲み、食物を食べる。消化によりエネルギーを吸収しそれを用いて生命活動を行う。成長もすれば老化もする。
 呆れるくらい真っ当に人間だった。噂に聞くアインツベルンのホムンクルスは人間以上のプラスαが施されていると聞くが、このホムンクルスにそれはなかった。
 だが、あえて異常な点を挙げるとすれば、魔術回路の存在がそうだった。脳を解析すると、別に魔術が使えるわけではないことが分かった。
 回路で生成された魔力は身体の強化にあてられている。その結果肉体の強度と身体能力は中々のものだが、それだけだ。
 その辺の魔術師をテキトウに連れてくればこの程度の性能の輩はすぐ見つかるだろう。
 しかし、魔術師達が驚いたのはそこではなかった。
 通常ホムンクルスは人間の精液を用いて作る。これには使われていなかった。
 故に厳密にはホムンクルスではなく継ぎ接ぎとは別の意味で人造人間というべきものである。
 人間を構成する情報――今で言う所の遺伝情報――を一旦全て文字情報に置き換える。情報元となった物はすぐに見つかった。陶器製のロザリオ――第六次冬木聖杯戦争においてジル・ド・レイとジャンヌ・ダルク召喚の触媒となる――の中に詰め込まれた人の遺灰。
 後にそれは、セーヌ川に流されたジャンヌ・ダルクの遺灰と分かった。
 読み込んだ情報を魔術的意味合いを持つ情報に翻訳し、適切な陣を編み、求める遺伝情報を持った個体を水、蛋白質、脂質、ミネラル、糖質等から組み上げる。
 過去に試みた者が居なかったわけではないが、畸形を持った個体しか作り出せず、教会からは神の被造物たる人間を人が一から作るという行為に抗議が集中した。
 だがジル・ド・レイは成功した。
 その完成度の高さを目の当たりにした時計塔からの派遣魔術師は、自分と一族の過去と未来に絶望しその場で己の目をくり抜いて自害した。
 見事なことにホムンクルスは全て、過去に火あぶりにされた一人の少女の格好をしていた。わずかの狂いもなく。

 工房のさらに奥に描かれていた魔法円。魔術儀式の術構成を解読しようとした者は、突如膨張した舌に頭蓋を破裂させ、体内でウニのように変形した脾臓に全身を串刺しにされ絶命した。彼が何を幻視したのかは結局解らず終いだった。かき集められた脳は完全に変質し別の物体になっていた。解析のしようがなかった。
 放置するわけにも行かないので、魔術の素養は全くない美学生を連れて来て魔法円を模写させた。それを解読した結果、それは死者の魂に関わる悪魔――キリスト教的な“デビル”“デーモン”という意味での――を召喚し、特定の人間、ジャンヌ・ダルクの魂を呼び出すをするためのものだということが判明した。
 最初はおそらく普遍的な魔法円を書いたのだろう。だがジャンヌ・ダルクは英霊である。人間が独力で召喚できるはずがない。ジル・ド・レイが、ジャンヌが英霊となったことを知っていたかは定かでないが、自力では召喚できないと悟ったのだろう。そこで悪魔を召喚しようとしたと考えられた。

 かと言ってただの悪魔召喚の陣に中てられて魔術師が死ぬとは考えられなかった。素人の見習いではないのだ。それなりの用意と注意はしている。
 それでも魔術師一人を容易く異質なものに変質させ殺した魔法円から、ジルの狂気を垣間見た彼ら。

 都合数日に及んだ調査を切り上げ城を出た時、生きていたのは美学生を含めても十人足らず。誰もが疲れきっていた。

 後日、学者達はジル・ジ・レイの凶行の目的を、ジャンヌ・ダルクの復活であると報告した。
 少年愛や快楽殺人の痕跡等から、“趣味”の側面も多分に窺えたが、嫌気が差した主任が削除して提出した。

 あまりの事態に、聖堂教会ならびに魔術協会は事実の封印を決定。ジル・ド・レイの行った事は、金持ちのお遊び程度でしかなかったとされた。

 裁判の際、彼の凶行の被造物が全て焼き払われたことを知らされたジル・ド・レイは突然暴れ出した。
 物理的、魔術的に拘束された状態で数人を殺害し、ようやく身動きを奪われた。
 そこで彼は叫んだと言う。私も焼け、同じように焼け、と。その望みは迅速に叶えられた。


 そして、聖女ジャンヌダルクと狂将ジル・ド・レイは両者共に冬木の第六次聖杯戦争に召喚された。





作者:四ヶ月半……。四ヶ月半か……。orz
作者:ところでMC51はオートライフルなのかサブマシンガンなのか。見た目はサブマシンガンだけど口径が7.62mmだしなー。

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