死霊の受肉は不可能だった。そもそも求める霊を呼び出すことすら出来なかった。なるほど、彼女ほどの存在を自分程度が呼び出すことはできないのか。さすがだと思う。

 同じ情報を持った個体を作っても見た。
 彼女が火刑に処されることで下民の魂を救われた後、遺灰はセーヌ川に流された。私はそれを残らず集め、ロザリオの中に収めた。
 遺灰を集めるのは簡単だった。愛という名の絆で魂を深く結ばれた私達であるため、遺灰は真夏の太陽よりも輝いて私を導いた。
 その遺灰には生命の基礎となる情報が含まれているということを、彼女が耳元で囁いてくれた。そこから、彼女の複製を作ることが出来る。
 見た目は同じものが出来た。だが、人格は全く異なっていた。遺伝情報に記憶は蓄積されていなかった。自分の迂闊さに恥じ入る。彼女のことを何も分かっていなかった。彼女は唯一であるから美しいのだ。

 ならば、自分の記憶の中から彼女に関わる情報を抽出して複製した肉体に埋め込もうとした。そうすれば少なくとも自分が知っている彼女は出来上がる。

 何かが違った。私の理性がこれは私の知っている彼女と同じものだと言い張るが、私の素晴らしい直感が告げるのだ。これは違うと。
 しばらく考えて分かった。
 器を作ってから記憶を埋め込むまで、極僅かな時間だが器は器として生きるのだ。その僅かな時間が命取りだ。
 その時間が器に個性を与えてしまう。鮮度が落ちる。
 数時間の違いで純度が下がる彼女という存在の尊さと、その違いを見極める自分の賢さに絶頂を覚えた。
 フラスコから出す前に一度殺して情報を埋め込もうとした。死んだせいで肉体が動かない。
 動くようにした。すぐ腐る。役に立たない。
 
 防腐加工を施した屍骸を用いることを考えた。
 紛い物とは言え彼女の体を無駄に駄目にするのは気が引けるからその辺の子供を実験に使うことにした。
 失敗した。
 そもそもどの肉体も彼女の器にするには醜すぎる。もっと考えて繁殖を行えと言いたい。豚のように交尾することしか出来ない家畜が多すぎて頭が痛い。
 器にふさわしい肉体はないが、パーツパーツはかろうじて優れたものを持っている人間はいた。だから切り貼りすれば優れた器が出来上がる。中々満足がいく物ができない。自分がこんなにも努力しているというのに、体格が微妙に異なるせいで継ぎ目が汚いのだ。せっかく管理して飼育しているというのに。物分かりが悪すぎて殺したくなってくる。

 頭に来たから子供達を犯してやった。中々良い声だと思った。
 このような駄作でさえこれだけの良い声で鳴くのだから、彼女だったらどれだけの上物だろうかと想像すると堪らなく快感だ。
 
 思いついて彼女のコピーも犯してみた。紛い物とはいえさすがの物だった。
 このような偽物の中に射精している自分が酷く屈辱的だ。それが分かる自分こそ彼女を復活させるに相応しい。
 ――ジル・ド・レイの裁判記録より

 見つけた見つけた見つけた。狂将はついに見つけた。求めるもの、求めるもの。手を伸ばせは届きそうな距離にあるのは求めるもの。
 ではなぜ手が届かない? 自分の身体に覆いかぶさっている黒い影が邪魔だ。

 懐の瓶に戻してあった水銀を服の下、全身に流す。ああ邪魔だ。私にこんな手間を掛けさせるな。

 ジェネラルの全身から槍が生えたように見えた。彼を締め上げていた桜の影が霧散する。彼以外だれも動かない中でむくりと起き上がる。体内から串刺しにされたみたいに全身に水銀の槍を這わせて、ジル・ド・レイは視線でセイバー、ジャンヌ・ダルクを舐める。
 血塗れの人間に湿り気を満たした視線を向けられたセイバーはかろうじて吐き気を抑える。傍らのイリヤとチャーリィはたまらず目をそらす。
 俗っぽく言えばストーカーの目だった。脳内で異様に美化して自分に都合よく脚色した偶像を見る目だった。

「言ったはずだ。動くな、サーヴァント」

 セイバーがチャーリィに突きつけていた剣をジェネラルに向ける。

「お前のマスターがどう、なっ――!?」

 次の瞬間、ジェネラルはセイバーの目前に移動していた。最優のサーヴァントでも虚をつかれるほどの高速移動。このサーヴァントから感じる気配ではあきらかにオーバーワークとわかる。
 セイバーの剣と水銀の槍がぶつかり合い、速さが乗っていた水銀の槍が剣を弾く。
 移動したジェネラルはチャーリィの襟首を掴んで後ろに放り投げる。掴まれたときに槍がチャーリィの肩に刺さり、投げられたときに肉がちぎれる。
 セイバーが接近した敵を迎撃せんと体勢を変えるまさにその時、ジェネラルはさらに踏み込む。近すぎる。ボクシングのクリンチに近い体勢になる。
 水銀の槍は主の意思によりセイバーを避けた。

「ここではいささか人が多い。もっと私達にふさわしい場所で愛を語りましょう」

 ジェネラルがセイバーの耳元に口を寄せ呟く。
 
「何? 貴様は一体――」
「貴女なら必ず来てくださると思いますが、馬鹿な魔術師が逃げ出すやもしれません。そこで――」

 そこでジェネラルは身体を離す。

「今から一時間後、駅までジャンヌが一人で来ていただきたい! さもなくば街は血に染まるでしょう!」

 周囲の観客に聞かせるための絶叫。同時に開く死体庫。組み伏せていたアーチャーから鎧の女が離れ、チャーリィを掴むと死体庫の中に飛び込む。

(逃がすなアーチャー!)
「セイバー!」

 士郎とイリヤが同時に叫ぶ。アーチャーの背中から流れ出た血溜りが火弾となって飛ぶ。セイバーが間合いに踏み込みジェネラルの首筋に刃を滑らせる。
 火弾が射線上に割り込んだセイバーに当たる。対魔力により全て打ち消されるが、セイバーの手も止まった。

「では、お待ちしております」

 ジェネラルが手中から金属片を落とす。
 閃光と炎が発生する。テルミットを用いた化学反応。

「イリヤスフィール、伏せて!」
「目をつぶれ桜!」

 その場に居合わせたサーヴァントとマスターが目と行動を奪われ、逃走を許した。
 数十秒後、士郎の指示によりアーチャーが消火した後には黒くこげた地面だけが残った。

 呆気に捕られる一同。果たして状況が飲み込めている者がいるかどうか。

 よたよたと士郎が歩いてくる。警戒するセイバーとキャスターに、それぞれのマスターが警戒を解くよう言う。彼ら――自分以外のコンビ――は味方だとも付け加える。士郎とアーチャーは話をつけているようだ。

「あー、誰か何がどうなっているか説明してくれ」

 血塗れのまま重いケースを背負った士郎が言う。桜とキャスターが顔を見合わせ、アーチャーは興味がなく、イリヤはセイバーに「説明しろ」と無言で催促する。

「あ、の」

 硬直する空気を破って桜が手を挙げる。全員の目が一斉に向けられ、桜が僅かにたじろぐ。

「え……と、あのサーヴァント、ジェネラルって言ってましたけど、宝具の真名が『ベルゼビュート』でした。それで、イリヤさんのセイバー……ジャンヌ・ダルク、ですよね?
 と知り合いみたいな様子でしたので、多分『ジル・ド・レイ』だと思うんです。ジル・ド・レイは豹の姿をしたベルゼビュートを見たことがあるという話があって、その"縁"が彼の宝具なんだと思います」

 そこまで言い切って、桜が一同に目を巡らす。全員がその続きを求めているのを悟って「それだけです……あぅ」と輪から下がる。

 士郎達があー、とかうーとか言っている。

「ジル・ド・レイ、ね」
「あー、このロザリオもそいつの持ち物かぁ」
「ロリペドショタ殺人鬼か。趣味の悪いのを召喚してくれたものだ」

 髪を掻き回したり眉間を押さえながら呻く。で、と腕を組んだイリヤがセイバーに視線を向ける。

「説明できるかしら」
「記憶にありません」

 即答。さすがに固まるイリヤ。

「言われて見れば、そういえばそんな名前の仲間がいたかな、くらいは思いますが。そもそも私の記憶が磨耗しているかどうか以前に現代に伝わっている『ジル・ド・レイ』の逸話は私の死後のものの方が有名でしょう。これは生前の記憶に関係なく得た知識ですが」

 ですが、と続けるセイバー。

「彼が私と一対一で話をしたがっている。当然生前の因縁故でしょう。彼の上官だった者として」
「義務感で戦う気か」
「放って置く訳にもいかないでしょう、士郎。彼はこなければ一般市民に危害を加えるといっている。」

 わかった、と士郎。イリヤと桜も特に異論はないようだ。いずれは倒さねばならない相手。偶々タイミングが早かっただけである。

「サクラは何しに来たの?」
「ええと、姉さんを探しに来たんです。アインツベルンの人に攫われたので、お城か大聖杯にいると思うんですけど、位置が解らなくて……」
「あっ、なるほど。――ええと、でも城の方には一昨日あたりまでセラとリズが掃除に行っていたから本家の連中が陣取っているとは思えないんだけど。最初から本丸に拠点を築いているのね」

 イリヤがまとめる。士郎と桜は知らないが、イリヤは大聖杯への行き方を知っている。



「やっぱり。何回も出入りした跡があるな。足跡は消してあるけど」

 イリヤに案内された空洞の入り口には出入りの形跡があった。

 疲れた顔の一同はそれぞれの行動を打ち合わせる。

 ジル・ド・レイの対応にはイリヤ組が当たる。士郎組が遠距離からの狙撃を行う事も考えたが、イリヤが断った。

「セラとリズもいるし、セイバーだけでも十分勝てる相手よ。それより魔力が空の桜を手伝ってあげて」

 士郎は戦力を分けることに難色を示したが、凛が攫われてから既に数日が経過している。衰弱が一刻を争う事態になっている可能性も高い。また、桜がもたらした情報に、ジェネラルには魔力を持った者が踏んだ反応する地雷式の探知魔術があるというものがあったので、駅周辺にそれが仕掛けられていた場合狙撃以前に近寄れない可能性が高い。彼はセイバー一人にくるようにいっている。下手に策を巡らせて一般市民に危害が及んでは元も子もない。

「関係ないんじゃない? 周囲一帯をフッ飛ばしちゃえば簡単よ。大気圏外に鉄の塊を転移させて落っことせばいいの。無関係の人間よりわが身の安全を考えた方がいいと思うな。一人で来いなんて罠よ、絶対」

 ずっとぼんやりしていたアーチャーが口を出す。金色の短髪を揺らしながらケラケラと笑う。

「関係ないのです。罠があるなら突破すればよいでしょう」
「逃げるタイミングは間違えないようにねー、猪娘さん」

 話は済んだ、とセイバーがイリヤを抱えて跳躍する。木に遮られてすぐに姿が見えなくなった。
 それがきっかけとなったのか、桜とキャスターも中に入っていく

「アーチャー」

 士郎が入り口に入ろうとしていたアーチャーを呼び止める。

「戦闘中は可能な限り一般人に被害が及ばないようにしろ。昨夜といい、今といい戦い方が少し派手すぎる」
「――それは命令?」
「そうだ」

 アーチャーが士郎に顔を近づける。目が三日月に細められた。

「嫌だと言ったら?」
「令呪を使ってもいい」

 決して譲らぬという意思表明にアーチャーは顔を綻ばせた。

「やめておいて。私を怒らせないで」

 刹那、士郎の眼球に映像が映る。

 黒い月が昇る夜。まん丸の月は地上の光を奪い、青い闇を落とす。
 その青い暗さにときとぎ赤が混じる。血の赤。
 地上を埋め尽くす闇黒がぞわりと動く。
 イヌの大群。逃げ惑う村人に次々と襲い掛かり噛み付き食いちぎる。
 男の脚を食いちぎり、女を頭から噛み砕く。
 阿鼻叫喚の地獄。生命が消える瞬間の叫びがガランドウの空に響き、それは隣の村にまで届く。

 隣の村では、家という家の扉が閉ざされ、窓には板が打ち付けてある。軒先には魔除けのために卵、犬肉、魚がおかれ、猫一匹さえ外を歩いていない。
 灯りが落とされた家屋では家族が肩を寄せ合って震えている。ある者は神に祈り、ある者は太陽の到来を待ちわびる文句を唱え続け、泣く子供を必死になだめる。
 大地をゆるがす足音が迫る。来た、来た、来た。その足音で恐怖した老人が心臓発作を起こした。イヌの鳴き声に呪われた妊婦が流産した。発狂した子供がナイフで妹の目玉を抉った。水が腐り、畑は枯れた。
 眠っていた鳥が四秒で餓死して、父親が老いた祖母を強姦するのを目の当たりにした乳児が数学の方程式を解き始め、大気圏を離脱した鶏 は新たなる進化の道を開き、沸騰した井戸に瓶詰め林檎ジャムを抱えた川魚が飛び込んだ。

 村一つを食べつくしたイヌが隣の村に達する。食い尽くされた村には生き残った命はいない。赤子から老人まで等しく食われた。鶏も豚も魚も。もしかしたら虫ですら食い尽くされたかもしれない。
 踏み荒らされた軒先には卵、犬肉、魚が、どの家庭にも散らばっている。
 家族を全て食われた男の子が命からがら家から飛び出してきて、飛び出したつもりだったのは彼の頭部だけだったりもした。

 金髪に白い衣装と金色のサンダルをまとった少女はイヌの群れの先頭で空に浮かびながら黙って爪を磨いている。時々青い(月明かり)で照らしてみて、納得がいけば次の爪にとりかかる。

 一頭のイヌが娘の頭を持ってくる。金色の少女に見せ付けるように口で持ち上げ、尻尾は忙しなく往復している。

「?????????????????」

 ばりばり。人間の脳は意外な珍味のようである。あ、削りすぎた、と少女が呻く。ああもう、と少女が苛ただしそうに叫ぶと、そのまた隣の村で爆発が起こる。宙に舞う火の粉みたいなものが小さく見える。あれは火がついた人間だよ、と少女がイヌに言う。クゥーン、イヌが悲しげに鳴く。

「*******************************」

 お腹一杯になった子ー! 抗議の遠吠えしか返ってこない。数千に達する数のイヌの群れである。五百にも満たない数の人間で腹は満たされない。
 熊よりデカいイヌは熊より食べるのだ。
 宴はまだまだ続く。
 それは大昔のお話。■■の時代のお話。
 人間なんて玩具かお菓子としか思っていないとある我侭な■■のお話。



 視界が元に戻る。しばしぼんやりしていた士郎がアーチャーを睨む。

「アーチャー、おまえ……」
「おかしいよ、おかいしよ、今回の聖杯は」

 ケラケラ笑いながらアーチャーが笑う。

「私みたいな代物が呼ばれるなんて。アンリ・マユはもういないのにね」

 入り口から上半身だけ出して。

「大元の修理が間違って歪んじゃった? わざと歪ませた? どっちにしろ注意してね、若白髪君。私は君の命になんて蛆虫ほどの価値も見出せない。今は君の歪な在り方が気に入っているだけ。私を退屈させないでね」

 鍛鉄の英雄君。アーチャーはそう囁くと霊体化した姿を消す。
 神代の魔術師なら一晩あれば士郎の内面を読むことくらい簡単なことだろう。もしかしたら昨夜自分が目覚めたときには既に全部見抜いていたのかも知れない。『無限の剣製』のことも気付いているはずだ。
 ――鍛鉄の英雄。二十台も半ばに近付いた最近の自分を鏡で見るとさすがに気付く。白くなった髪。黒くなった肌。
 ……胸糞が悪くなったので思考を中断する。

 抱えた自動小銃の弾室に一発目の徹甲弾を送り込みながら士郎は洞窟の中に入っていく。
 
「……あー、魔力の配分のこと言うの忘れた」
 
 振り返った先には痙攣する死体の残骸が遺されてあるはずだが、木々に隠れて見えなかった。








 通勤客で混みあう駅にそぐわない者たちがいた。
 蒸し暑い季節だというのに黒いマントをぴっちりと着込んだ男。
 その男にひきずられた、血塗れの男。
 二人に続く、壊れかけた鎧をひっかけた白金髪の女。
 
 血塗れのチャーリィは膝と肩がもげかけている。強引に止血がされ、傷口にも蓋がされているが本人の顔は蒼白、口からは泡を吹いている。
 全く平気ではない。
 だが、ジェネラルは彼を一顧だにせず改札を素通りする。チャーリィが改札機にぶつかる。
 鎧の女――ジェネラルが作ったジャンヌ・ダルクのクローンコピーの中から特に出来のいい個体を選んで護衛に使っている――は二振り、剣をかついで後に続く。
 駅員や客が遠巻きに注目しているが、彼女が睨みつけると目をそらす。
 
 発車寸前の通勤電車に、チャーリィを放り込む。閉まる扉を手で抑えたジェネラルがチャーリィに言う。
 
「遅くても二時間もすればケリがつくでしょう。頃合を見計らって帰ってきてください」
「は、な、なんだって? ぼぼ僕に指図する――」
「貴方を庇って戦う余裕も心算(つもり)もないんですよ、この魔力袋め」

 そう言うと、チャーリィの腹を蹴り上げ、彼が昏倒したのを見届けると、手を離す。
 「出せ」と低く命令すると、震え上がった駅員が慌てて発車合図を出す。
 冬木を離れていく電車を尻目に、ジェネラルが鎧の女、ジャンヌ・コピーに命令する。
 
「駅構内の人間を全て殺せ。周辺にいる者もだ。ジャンヌがくるまでに十分量の妖蝿を用意したい」

 コピーは無言。黙って両手の大剣を振り回し始める。
 遠巻きに様子を伺っていた一般人達が逃げる暇など当然なく、むしろ自ら望んでいるかの如く次々と凶刃に倒れていく。
 斬られた人間がたちまち腐りかけの死体に成り下がる。
 人々がパニックに陥るより早く用意は整った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 メイドコンビと合流したイリヤ組が駅前に到着する。
 駅前は静寂に包まれていた。もちろん、周囲の人が全て殺されるか逃げるかした後であるためであり、駅前には付き物のロータリーには死体の山が築かれていた。
 それらの死体は蛆に既に食い尽くされており、残っているのは骨ばかりであった。
 その血肉を喰らったはずの蝿も姿がなく、イリヤ達とロータリーを挟んで向かい側に豹の魔獣が召喚されていた。
 
「わお、あれ何?」

 リズがふざけて何か言ったが誰も取り合わなかった。魔獣の下にはジェネラルとジャンヌ・コピーがいた。
 壊れかけた鎧は意味を成さないと考えたのか、鎧は既に脱いでいる。代わりに犠牲者となったOLから剥ぎ取ったみたいなサマースーツが酷く似合っていない。腐蝕の効果つきの大剣は肩に担いでいる。
 そのコピーと同じ白金髪、灰色の瞳を持ったセイバーが一歩進み出る。
 
「まず誤解を解いておこう。確かに私の真名はジャンヌ・ダルクであるが、貴方のことは記憶にない。特に感傷を感じることもないので貴方と話したいことは一つもない」
「――、一向に構いませんよ。それなら貴女の四肢を切り取り私が聖杯を手に入れるまで私の金の小部屋(バルブ・ブル)に幽閉しておくのみです。私にとって重要なことは貴女の魂を見つけたこと」

 狂っている、と吐き捨てるセイバーに、ジェネラルは軽く肩をすくめて返す。
 
「正直な所、私は貴女の意志など知ったことではありません。この私が執着した女を、私が私の手で私のために甦らせたいだけです。貴女が嫌がるなら五百年かけて調教しましょう」
「ならば私達がすべきことは――」

 沸点が低くて結構と拍手する。貴女のその反応、期待通りです、と。

「ええ、通常のサーヴァント同士と同じく、ただ殺しあえばいいのです。私が勝っても貴女が消えることはない。そこが違うだけです」

 言って狂将は地面を蹴り、大剣を持ち上げる。
 
 迎え撃たんと同じく地面を蹴るセイバー。両者の中間程にあるマンホールの蓋が跳ね上がり、中から死体が湧き出してくる。
 
 セイバーは制動を掛けるが、蓋が跳ね上がるのを知っていた、否、指示したジェネラルよりブレーキが遅れ、死体にもろに突っ込む。
 
 彼女が相対するのは将のサーヴァント。軍勢の指揮に優れている。本来指示など送れないモノを自在に操るなど本来容易いことだ。
 本人とマスターの慢心によりここまで後塵を拝し続けたが――ここに至って手を抜く要素などなく。
 
「邪魔、だ……!」

 セイバーに組み付いた死体が蹴散らされる、ジェネラルが後退し、セイバーの両サイドからエンジン音。
 死体が運転するバンが駅前の広い道にそれぞれ二台ずつ。客席には爆薬を満載している。
 セイバーからは何を積んでいるかは見えないが、少なくともロクでもない物だというのは分かる。
 
「お教えしておきましょう。私が貴女の死後習得した魔術は――」

「伏せろイリヤスフィール!」

「地属性――主要元素と金属元素を主に行使の手段とする呪法、幻術の要素をも含んだ錬金術もどき(・・・)です!」

 合計四台のバンがセイバーと直撃コース。衝突の一瞬前、下段から白銀の十字剣が四閃し、半ばまで鼻先を切断されたバンがベクトルの向きを急激に上へと変えられる。
 あたかも滝登りのように浮くバン。
 ジェネラルが信管術式を発動させようとする――が、セイバーが四台のバンのうちの一台を彼に向けて蹴り付けた。
 彼は術式の発動を止め……ない。三台のバンがセイバーの頭上で起爆し、一台がジェネラルの眼前で起爆する。
 オレンジ色の光が辺りを焼き、衝撃波がアスファルトを削る。
 イリヤとセラ、ジェネラルが張った魔力障壁が悲鳴を上げ、目の前で起爆させたジェネラルは防ぎきれない爆風に後退する。
 尖った鋼の破片がジェネラルの皮膚を裂き、熱風が肉を焼く。
 
 光が止み、炎に焼かれた視覚が一瞬の暗闇に落ちる。爆音に叩かれた聴覚が暫しの麻痺に陥る。
 
 特に自前の防御力だけで爆発を凌いだセイバーはほとんど何も聞えず、だから気がつかなかった。頭の上を通り過ぎた影に。
 
 反応できたのはリーゼリット。落下する侵略者に気付く。
 
 勘に近いものが最初にあった。ジェネラルが作った空白の間隙は絶好の攻撃の機会である。
 何かが必ず来る。前方、彼我の間にはセイバーという防壁がいる。
 下方、アスファルトが敷かれている。何かが来るにもワンテンポ遅れる。優先順位は二の次だ。
 頭上、側方、後方。
 ここまで勘で、反射的に考え、後は運任せに――上。
 
 力任せに振り回したハルバートが襲撃者の剣とぶつかり火花を散す。
 彼女はどうやら運が良かった。
 
 襲撃者はセイバーと瓜二つの――クローン・コピー。似合わない服を体にひっかけ、電動鋸に似たシルエットの大剣を袈裟懸けに振り落とす。切り口から腐らせる剣。
 
 遅れたハルバートが力任せに軌道を短縮し、剣を払う。ここでようやく二者の状態が互角になった。
 コピーは奇襲に失敗した。
 
「イリヤとセラ、下がっていて」

 リーゼリットが一言放ち、踏み込む。
 人外の筋力と、常識外の重量を以って斧槍を振り回す。
 細かい技巧など考えず、だが常に出来る限り最適の軌道を計算し、一撃必殺の攻撃を撃つ。
 
 対するコピーの得物は大剣。ハルバートと同じく、重い一撃を放つための武装であるが、ハルバートと打ち合うにはいささか分が悪い。
 二回、三回と打ち合ううちに剣身が歪み出す。八回を数える頃、彼女は得物の芯鉄が折れるのを聞いた。
 
 
 
 主人に向けられた攻撃に、セイバーは遅れた気付いた。慌てて振り向いた先で迎撃したのはメイド。
 三合ほど打ち合いを注視し、相手がメイドでも凌ぎ得る程度と判断してジェネラルに向き直る。
 
「私と貴方との勝負、だと思っていたが」
「ええ、ですから。――我々(サーヴァント)の勝利条件には敵マスターの無力化も含まれます故」
「私も言えたものではないが……騎士の誇りとやらは?」

 苦言を呈するような文面とは裏腹に僅かに楽しそうな顔をするセイバー。
 記憶など次元の向こうに置き忘れたが、この身に覚えのある戦い方は。
 
「それこそまさか、です。私は貴女の副官だったのですよ、ジャンヌ。誇りなど知ったことではない、神を名乗るモノの狂信者であり尖兵であった貴女の!」

 目的りためなら他命など気に留めず、貪欲に勝ちを求める。確かに自分の部下の戦い方だ。
 “神の名の下に”、殺戮の限りを尽くした自分の。

 ジェネラルが肩を竦め笑い出す。
 つられたセイバーも笑い出す。
 
「正々堂々などという言葉は五百年前に置いてきました」
「こちらはどれくらい昔だろうな。守護者になってからは時間の意味などないが――記憶がほとんど吹き飛ぶくらい彼方なのは確かだが、一つ」

 それまで鞘に収めたままだった盾剣(マンゴーシュ)を抜く。
 
「騎士ではない私は騎士の誇りがないからああいう戦い方を取ったのではない。雨が降ったらお休み(・・・・・・・・・)などというような騎士共の不文律など、神の名の下に祖国を救うためなら知ったことではなかっただけだ」
「私は貴女の復活のためなら正々堂々など糞喰らえでございます」

 反吐が出るな、と哂う。今ではむしろ褒め言葉です、と哂う。
 斬首剣(エクスキュージョナーーズソード)と十字剣が切っ先を向け合い、
 
「この時代には自爆テロという言葉がありますぞ!」

 セイバーの頭上に展開された金の小部屋(バルブ・ブル)から落下してきた死体に巻きつけられた爆弾が爆発した。

 ジャンヌ・ダルクの大きくない体が一旦地面に叩き付けられ、次いで宙に舞った。



 芯の折れた剣をメイドに投げつける。払い除けられた剣が音を立てて転がる。
 コピーは予備のショートソードを抜く。メインの武装であった大剣ですら打ち合いは不可能だったのだ。これでは打ち合いなど考えるまでもなく無理。
 だが――、コピーはほとんど意味を成していなかった鎧だったものを外す、彼女はジャンヌ・ダルクのコピーである。
 そしてその原型たる今代のセイバーは細身の、軽量剣による二刀流を扱う。
 パワーファイトではなく高速戦闘が本来適している。
 
 扱いにくすぎる武装を捨てたコピーの動きが変わった。
 いきなり目にも留まらない動きをするはずはないが、テンポが明らかに変わり――無駄がなくなった。
 そして、リズの間合いに入ってこなくなった。
 隙あらばリズを突破し、イリヤに向かおうとするのでリズは対応した動きをしなくてはならない。
 馬鹿みたいな重さのハルバートを持っても彼女の動きにも疲労にも無視できる程度の影響しかないが、小ぶりの武器に変えた相手の方が確実に速い。
 そして回避に徹されたため無駄な攻撃ばかり繰り返すことになり、
 
「きゃ……」

 背後からイリヤの悲鳴。見ると地下――複数のマンホールから死体が湧き上がってきていた。それは出てきたものから順に自爆し、しかし彼女らの魔術に防御される。
 魔力量は桁外れの彼女たちである。数分で破られることはないが、血塗れの新鮮な死体が次から次へと自爆する光景は割と精神に悪い。
 バラバラ死体程度では悲鳴もあげないイリヤとセラでも、凄惨な光景と、火薬と血と肉が焦げる匂いは確実に疲労が早くなる。
 ばらばらの死体では眉も動かさない、逆に喜ぶくらいに作られているイリヤだが、彼女の『人殺し』に関する感性構造は卓越した兵士のそれではない。むしろ快楽殺人者(サイコパス)に近い。
 一般的な兵士が恐れる、自分が相手を殺すことには平気な頑強な精神構造だが、自分が危害を加えられることには弱い。慣れていなさ過ぎる。
 当然である。アインツベルンの老人達が作り出したのは一方的に圧倒する殺人機械だ。劣勢に置かれることなど考慮に入れていない。
 だから、薄幕一枚隔てた向こうで自分と同じ人型が自爆し、ばらばらになり、別の似姿が打ち捨てられた腸に足を引っ掛けて転ぶ様は、一歩違えれば自分がバラバラ死体の仲間入りするという状況を強制的に連想させ彼女の疲労を非常に早めた。
 
 味方が、前衛で奮戦するリーゼリットが気を取られかねないと分かっていても悲鳴が口から漏れてしまった。

 
 リズは、悲鳴と爆音で一瞬気を殺いだのが仇となった。
 間近にコピーがせまり、とっさに上半身を庇うようにハルバートを構えるが、片膝の腱が切られる。
 バランスが崩れる。腕力のみでハルバートを振り回すが速さも重さも違いすぎる。
 
 一閃、二閃……。全身の太い腱の尽くを斬られ糸を失った人形のようにリーゼリットが倒れる。
 
 リーズリットの無力化を確認したコピーがイリヤ達に矛先を向けように――ー
 
「っ!」

 力の抜けた手から零れ落ちたはずのハルバートが左肩から脇腹まで切り裂く。
 否、潰し切る。
 
 重力操作と人形使いの技術の応用によるハルバートの遠隔操作。
 理論をすっ飛ばして結果をもたらすイリヤスフィールの魔術特性。
 咳をするように血を吐いたコピーが崩れ落ちた。
 
 
 
 絶え間なく死体が自爆し続ける。
 対サーヴァントどころか対マスターであっても役に立たない死体を動く爆弾に使う。
 
 宝具である異空間から湧き出る死体が、マンホールに潜んでいた死体が、次々とセイバーに組み付いて自爆する。
 爆薬の効果範囲は狭い。それこそ手榴弾を数個一度に起爆させた程度の威力だ。
 十メートル以上離れた所にいるジェネラルであれば魔力障壁で防ぎきるのは十分に可能だし、セイバーの素の防御力も大半のダメージを殺せる。
 だが、絶え間なく纏わりつかれては、戦闘にならない。
 白兵戦に秀でるセイバーのサーヴァントはリーチが短い。
 死体が振り払う間合いに入る前に自爆してしまうのだ。回避行動をしようにも先制で体勢を崩された状況では辛い。
 
 一方、ジェネラルはベルゼビュートに魔力を供給していた。
 
 先ほど使用したときは宝具でなくともキャスターに防がれた、炎の一撃。
 
 威力不足は承知していたがまさかそれほどとまでは思っていなかった。
 だから、ぎりぎりまで溜めてから撃つ。出来るだけの隙を作ってからの直撃なら効果も期待……したい。出来ることなら。
 
 連続する戦闘、これで三連戦。宝具『蝿の王(ベルゼビュート)』の使用、今日二回目。ジャンヌ・コピーへの魔力供給。障壁の常時展開。そして爆薬の大量生成。
 肝心の主からの提供は貧弱。
 魔力不足と回路への過負荷で頭がくらくらする。気が遠くなる。
 それを意地で跳ね除ける。
 ここで犬死にしてはわざわざ人の道を踏み外した意味がない。
 
 
 
 
(ああ、あああ、もどかしい……!)

 爆風に揉まれながらセイバーは苛立っていた。ダメージは小さいが、自分の肉体は軽すぎる。爆風で容易に体勢を崩される。
 これでは埒が明かない。
 ジェネラルが宝具に魔力を溜めているのも気付いている。
 
(マスター、マスター! イリヤスフィール! 許可を! 宝具の使用許可を!)

 念話を飛ばす。返事はただちに返ってきた。ノイズ混じり。
 
(わ、分かったわセイバー。宝具の使用を許可します。ぶ、ぶっ飛ばせ!)

 ああ、とセイバーが頷く。
 この右手にあるのは神の剣。神が直に選定した剣。
 神を騙るくそったれな世界の意思がジャンヌ・ダルクという偶像にふさわしいと判断した剣。
 
「――――!!」

 魔豹の咆哮。先立ってキャスターに放たれた火球の、規模にして三倍がゆっくりと口腔を離れる。
 打ち出す魔力すら威力に回したため、加速がつかない。
 足りない時間は――
 
「『金の小部屋(バルブ・ブル)』、最大展開! 備蓄人骸全投下!」

 さっき殺して溜めたばかりの死体を全て落とす。
 次々と炸裂する死体、木の葉の如く踊るセイバーが真上で自爆した死体の爆風で路面に叩きつけられ……
 
「っ! くそっ!」

 アスファルトを殴り、蹴り、無理矢理跳躍する。遅れて落ちてきた死体が自爆、高さを後押してしまう。
 
 浮き上がったセイバーの体は金の小部屋の展開高度を超え、爆風は既に追い風にしかならず、剣に瞬間的に集中した魔力が顕現する。
 
 臨界点を超えた魔力により剣兵の宝具たる十字剣が起動する。
 剣身を構成する要素が変転し硬質の刃が消えてなくなる。
 残ったのはは炎の剣。処女雪より白く、百合より白い炎の剣は、火の粉を散しながら唯々温度を上げていく。
 セイバーが片羽の鳥になったように、フレアの全長は彼女の身長を超える。
 白熱する剣が熱と光を吐き出す。宝具の対象外――セイバー自身――の体についた肉片、返り血、煤が剣からの放射熱で焼かれ、剣を中心に噴く風に散り、だがまだ剣は開放されない。
 
 赤い火球がほんの一振りで払われる。
 ついでのように切り捨てられる金の小部屋。
 
 セイバーが着地し、アスファルトが焼ける。泥のように柔らかくなった路面が彼女の足元でぐすぐずと音を立てて変形する。
 
 牙を剥き出しに飛び掛ってくる魔獣の目が眩む。白転した視界はもうほとんど何も見えない。
 
 熱と光と叩きつける風にその場の全員が手を止める。
 
 死体は近付く暇もなく骨だけになり、引火した爆風も気圧の壁に阻まれ届かない。
 停止しつつあるジャンヌ・コピーは無感情に睨み。
 イリヤとセラはリーゼリットの治療を忘れ。
 身動きのとれないリーゼリットはただその光景を眺める。
 
 魔豹に肉薄したセイバーが己の間合いに入り、真名を呼ぶ。
 
聳える風琴(クロービス)!!」

 熱と光と風がさらに強まり――ある一点で消えた。
 真名の開放と同時に展開した力場が剣を包み、外界との一切を遮断する。
 力場により無理矢理に刃の形を作らされた炎が弧を描く。
 振られる剣に伴い移動する力場に魔獣が接触する。
 
 風船が破裂するように拡がった炎が、食虫植物が蓋を閉じるように豹を包む。
 振り切られた剣には刃がない。
 
 ちょうどベルゼビュートをすっぽりと覆う大きさで半球になった力場の中で獣が悲鳴を上げる。
 それすら全く通さず、閉鎖された中で獣が焼かれ、融かされ、蒸発した。
 滞留する炎。
 
 対象の絶滅を確認した宝具が元の剣の形に戻る。
 まだ余熱が残る剣が陽炎を上げる。
 
 セイバーの視線の先には、魔力の大半を使いつくし、膝をつくジェネラルの姿があった。
 
 宝具も全て破壊され、余力のない彼の負けはほぼ確定した。
 
 だが逆転の要素があるとすれば、ここは彼の戦場だということ。
 ここに先に来ていた彼が後どれだけの仕掛けを残しているか。
 
 ジャンヌ・ダルクに中遠距離攻撃手段がないことは知っている。宝具の間合いも知っている。
 
 切り札を切るのが早すぎてはいけない。あからさまな罠だと分かる。
 
 重要なのは追いつめられること。
 
 重要なのはこちらの宝具を全て出し尽くしたと思わせること。
 
 そうすれば彼女は間合いを詰めにくる。一直線に。
 
 足掻きを許す間を置かず、セイバーが迫る。
 彼女の性格を表すような直線の動きにジェネラルの口端が笑みの形に歪む。貴女がそう動くのは分かっていた。
 
 重要なのは魔力切れで動けないと思わせること。

 重要なのは敵が接近しているのに全く回避行動を取らないことに違和感を抱かせないこと。
 
 重要なのは自分と対象を結ぶ直線上にある一点を置き続けること。
 
 即ちセイバーに、そこにそれが在ることを気付かせずそれを踏ませること。
 
「落とし穴くらいはご存知でしょう!」

 がらりと音を立てて抜ける足元、セイバーが完全に虚を突かれる。
 
「貴方は、この期に及んでこのような……!」

 セイバーの落下と同時にジェネラルが伏せる。耳を押さえた彼が小さく呟いた。
 
「ところで地雷はご存知で?」

 二百五十ポンド爆弾に匹敵する量の爆薬が落とし穴の底で一度に起爆し、辺りの地盤が崩れる。
 住宅の一軒を解体してなお余るだけの破壊力が穴の中でセイバーに集中した。

 元々の戦力で劣る彼らがその目的を果たすのは初めから難しかった。
 死体の自爆戦法では足止めにしかならないのも分かっていた。
 蝿の王の炎が彼女の宝具で蹴散らされることなど生前から知っていた。
 だが、突っ込んで暴れる彼女を出し抜くことなら幾らでも可能なのも生前から知っていた、暴れ馬の手綱を握った男として。
 単に勝つためなら落とし穴の中の爆薬の量を増やせば良かった。
 だが、それをしては意味がない。
 ジャンヌ・ダルクの復活は及ばない。

 ――圧し掛かる瓦礫を放出する魔力で跳ね除け聖女が再臨する。

 だから爆薬の量を調整した。
 生前の彼女の耐久力と、サーヴァントとしての彼女から感じる気配――魔力の圧力等々――からセイバーの耐久力に見当を付け、ちょうど動けなくなるくらいにした。

 ――噴出するエネルギーは剣に収束し、炎の剣が今一度解放を待ち侘びる。

 そうしたはずなのに、何故彼女は平然と立っているのだろう。
 いや、平然とではない。断じてそれはない。
 彼が見込んだ通り、ほぼその通り、手足は筋数本で辛うじて繋がっているだけである。
 だけどその右手は剣を取り落としてはいない。
 脚はボロ屑をつないだ方がまだましと思えるくらいだ。
 だけど二本の脚はこれまでも、これからも彼女を支えていくという意志に満ち満ちている。

「次だ、ジェネラル」

 セイバーが一歩脚を踏み出す。折れたスネが繋がる。
 二歩。一歩目よりもその歩みは断然力強かった。
 三歩。既に怪我人というには足音が勇ましすぎた。
 四歩目を踏み出す頃にはダメージの痕跡は全身に纏わりついた血糊とボロボロの衣装だけで。
 それも五歩目が終わる前には跡形もなくなっていた。

「私は次の手はなんだと聞いている」

 間合いが近すぎる。ジェネラルの理性が全力で警鐘を鳴らしているのに足はすくんだまま、少しも動こうとしない。
 本能が告げていた。逃げられない。
 勝てる、勝てないの問題ではなく、そもそもジル・ド・レイは知っていた筈だった。

「何もないのか」

 龍を操れる者が、かといって龍に勝てるとは限らない。むしろ勝てない可能性の方が圧倒的に高い。
 それと同じで、いや、それ以下で。ジル・ド・レイはジャンヌ・ダルクの手綱を握ってたのではなくて。

「宰相が聞いて呆れるな」

 握らせて貰っていただけだった。

「―――――!!」

 ――爆音。
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